「遺言書さえ書いておけば、相続争いは起きない」——そう考えて遺言書を残したにもかかわらず、かえって相続人同士の対立が深刻化してしまうケースは少なくありません。形式の不備で遺言書自体が無効になったり、遺留分への配慮を欠いたために訴訟に発展したりと、"争族"の火種は遺言書の中に潜んでいることがあるのです。本コラムでは、弁護士の視点から「遺言書があるのに揉めてしまった」典型的な失敗パターンと、その回避策を具体的に解説します。

遺言書があるのに"争族"になる典型的な5つの失敗

①形式不備で遺言書が無効になる

自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を自書し、押印することが法律上の要件です(民法968条)。日付が「令和7年7月吉日」のように特定できない、パソコンで本文を作成した、押印を忘れた——こうした不備が一つでもあれば、遺言書は無効です。実際の裁判例でも、病気で手が震える遺言者に配偶者が手を添えて書かせた遺言について、自書の要件を欠くとして無効とされたものがあります(最高裁昭和62年10月8日判決)。また、遺言書の筆跡が本人の日常の筆跡と異なることを理由に無効とされた例もあります(高松高裁平成25年7月16日判決)。無効になれば遺言書は「なかったもの」となり、相続人全員での遺産分割協議に逆戻りしてしまいます。

②遺留分を無視した内容で訴訟に発展する

「長男にすべての財産を相続させる」という遺言は有効ですが、他の相続人には最低限の取り分である遺留分が保障されています。たとえば相続人が子2人で遺産が4,000万円の場合、遺言で何も受け取れなかった子は、遺留分として1,000万円(法定相続分の2分の1)を金銭で請求できます(遺留分侵害額請求)。遺留分を無視した遺言は、それ自体は無効ではないものの、相続開始後に請求・調停・訴訟という紛争コースをたどる典型例です。遺言作成の段階で遺留分を計算し、最低限の財産を各相続人に配分しておくことが、実効性のある紛争予防になります。

③財産の記載漏れ・「その他の財産」の扱いが不明確

遺言書に記載のない財産が後から見つかると、その部分については遺産分割協議が必要になります。せっかく遺言書を作っても、漏れた財産をめぐって争いが再燃しては本末転倒です。「本遺言に記載のない一切の財産は○○に相続させる」という包括条項を入れておく、財産目録を定期的に更新するといった対策が有効です。また、遺言者より先に受遺者が亡くなった場合にその部分の遺言が失効することへの備え(予備的遺言)も、実務では重要なポイントです。

④遺言執行者を指定していない

遺言執行者の指定がないと、預貯金の解約や不動産の名義変更などの手続きを相続人全員が協力して進めなければならない場面が生じます。相続人同士の関係が良好でない場合、手続きが進まず、そのこと自体が新たな対立の火種になります。遺言書の中で弁護士などの第三者を遺言執行者に指定しておけば、中立的な立場で粛々と手続きが進み、相続人間の直接のやり取りを最小限にできます。

⑤気持ちが伝わらず感情的対立を招く

「なぜ兄だけ多いのか」という感情的な不満は、法律論だけでは解消できません。遺言書には法的効力のない付言事項として、配分の理由や家族への感謝を書き添えることができます。「同居して介護してくれた長女に多く残す」という一文があるだけで、他の相続人の受け止め方が大きく変わることは、実務でもよく経験するところです。

3種類の遺言書——どれを選ぶべきか

遺言書には主に自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類があります。

  • 自筆証書遺言:費用がかからず手軽な反面、形式不備・紛失・発見されないリスクがあります。法務局の保管制度(手数料3,900円)を利用すれば、紛失・改ざんのリスクを避けられ、家庭裁判所の検認も不要になります。制度開始から約4年半で累計9万件超の利用があり、定着が進んでいます。ただし、法務局は形式面の確認をするだけで、内容の有効性まで保証するものではありません。
  • 公正証書遺言:公証人が作成し原本が公証役場に保管されるため、形式不備で無効になるリスクがほぼなく、検認も不要です。公証人手数料は財産額に応じて定められており、たとえば財産1億円程度までなら数万円台が目安です。確実性を重視するなら第一の選択肢です。
  • 秘密証書遺言:内容を秘密にしたまま存在だけを公証できますが、形式不備のリスクが残るため、実務での利用は多くありません。

紛争予防という観点からは、争いの可能性が少しでもある場合は公正証書遺言、費用を抑えたい・内容が単純な場合は保管制度を利用した自筆証書遺言、という使い分けが現実的です。

遺言書作成を弁護士に依頼する意味——「書ける」と「争いを防げる」は別物

遺言書の書式や文例はインターネットでも入手できます。しかし、争族を防ぐために本当に必要なのは、①相続人と財産の正確な把握、②遺留分の試算と配分設計、③無効リスクのない形式の選択、④遺言執行者の指定を含めた執行段階の設計、⑤付言事項による感情面のケア——という一連の紛争予防設計です。とくに、相続人の中に音信不通の方がいる、再婚で前婚の子がいる、事業用資産や不動産が財産の大半を占めるといった事情がある場合、配分の設計を誤ると高い確率で紛争化します。弁護士に依頼すれば、将来の遺留分紛争や遺言無効の主張まで見据えた内容に仕上げることができ、遺言執行者への就任までまとめて任せることができます。

まとめ

遺言書は「書けば安心」ではなく、「争いを防げる内容・形式で書けているか」が重要です。形式不備・遺留分の無視・財産の記載漏れ・遺言執行者の不在・感情面への配慮不足という5つの失敗は、いずれも事前の設計で回避できるものです。横浜キャピタル法律事務所では、遺言書の作成支援から遺言執行、相続発生後の紛争対応まで一貫してサポートしています。ご自身の遺言書が「争族の火種」になっていないか不安な方も、これから作成をお考えの方も、お気軽にお問い合わせください。

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米玉利大樹代表弁護士
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