退職後、同業他社で働くことを制限する「競業避止義務」。企業の利益を守るために設けられる一方で、従業員の職業選択の自由とのバランスが問題になります。最近の美容師をめぐる裁判例では、この義務の有効性や損害額の認定が争われました(東京地方裁判所令和7年3月26日判決)。

1 事件の概要

今回ご紹介するのは、美容院を経営する会社が元従業員に対して「競業避止義務違反」を理由に損害賠償を求めた事案です。
原告会社(美容院経営)は、次の2つを主張して裁判を起こしました。

  1. 元従業員(被告b)が、退職時に交わした誓約書や退職時合意書に違反し、近隣の競合美容院に転職したこと。
  2. 業務委託契約を結んでいた別の美容師(被告c)が、原告の従業員を引き抜いたこと。

裁判所は最終的に、①については競業避止義務違反を認め損害額6万円を認定、②については引き抜き行為を認めず請求棄却としました。


2 裁判所が認めたポイント

(1)競業避止義務の有効性

  • 会社の就業規則に記載された「退職後は競業しないよう努める」という条項だけでは努力義務に過ぎず、強制力はない。
  • しかし、従業員が署名・提出した「誓約書」や「退職時合意書」に明確に競業避止義務が定められていたため、契約として有効に成立していると判断されました。

(2)公序良俗違反の有無

競業避止義務は「従業員の職業選択の自由を制限する」ため、公序良俗違反で無効とされる場合もあります。
しかし本件では、

  • 美容師が顧客を退職先へ移してしまう危険性が高い職業であること
  • 競業禁止の期間が1年間と限定され、地域も東京都内に限られていたこと
  • 顧客情報保護という正当な目的があったこと
    などから、公序良俗違反とはされませんでした。

(3)損害額の算定

  • 問題は「退職による顧客の減少」ではなく「競業行為による顧客の減少」。
  • 顧客が別店舗へ流れるのは自然なことも多いため、競業との因果関係を慎重に検討。
  • 結果として、被告bが競業行為によって喪失させた顧客数を約10人と認定。
  • 客単価6,000円を基準に、最終的に損害額は6万円と算出されました。

(4)従業員引き抜きの有無

被告cについては、本人・証人の供述が一致し、引き抜き行為を裏付ける証拠もなかったため、債務不履行や不法行為は否定されました。


3 本件から学べること

  1. 競業避止義務を有効にするには、明確な合意が必要
     就業規則の一般的な努力義務では不十分で、従業員が署名した誓約書や退職時合意書が重要な根拠となります。
  2. 制限の範囲・期間は合理的である必要がある
     禁止期間が長すぎたり、地域が広範囲に及ぶと、公序良俗違反で無効になるリスクがあります。
  3. 損害額の立証は容易ではない
     単に退職者の顧客が減ったからといって全てが損害とは限りません。因果関係を立証できる範囲でのみ認められます。

4 まとめ

美容師など「顧客との関係が密接な職種」では、退職後の競業による影響が大きいため、企業側は競業避止義務を設定することがあります。
ただし、その有効性が認められるには 「明確な合意」「合理的な範囲」「正当な目的」 が必要であり、加えて損害の立証はシビアに判断されます。

従業員側にとっても、退職時に署名する誓約書や合意書が後に法的拘束力を持つ可能性があるため、内容を十分に確認することが重要です。

【監修】

米玉利大樹
米玉利大樹代表弁護士
年間数百件の法律相談を受け、年間100件以上の法律問題を解決しています。
「より良い解決」「迅速な解決」を大事にしており、個々の事案に適したスピーディな進行・解決を心がけています。
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