施設での事故が原因で命を落とした場合、遺族は施設運営者に対して損害賠償を求めることができます。しかし、その請求が認められるかどうかは、施設の過失の有無や死亡による逸失利益の算定など、複数の要因に依存します。今回は、重度知的障害を持つ7歳の児童が施設内で発生した事故で亡くなった事例を紹介します。

事案の概要

本件は、Yが運営する施設で放課後等デイサービスを受けていたA(当時7歳)が事故に遭い、死亡した事案です。Aは、自閉症スペクトラム障害と重度知的障害を抱えており、施設の外に出て、約700メートル離れたため池で溺死しました。Aの両親は、施設側が安全配慮義務を怠ったとして、施設運営者に対して損害賠償を請求しました。

争点と判決の概要

本件で争われた主な争点は、施設側の過失の有無と死亡による逸失利益の算定でした。

施設側の過失

施設内での事故を防ぐためには、施設運営者が適切な安全対策を講じている必要があります。

本件では、施設の改修工事中に施錠が不十分な窓が生じ、Aが建物から外に出ることが可能な状態になっていたことが認定されました。また、Aの特性(自閉症スペクトラム障害)を考慮すれば、施設側にはAが外に出て事故に遭う可能性を予見できたとされ、施設側の過失が認められました

逸失利益の算定

逸失利益とは、死亡したことにより得られなかった将来の収入額を指します。

Aは就労経験がなく、将来の収入を予測するためには、Aの障害の程度や発達状況を考慮したうえで、どの程度の収入を得る可能性があったかを算定する必要がありました。

判決では、Aが将来就労する可能性があることを前提に、全労働者の平均賃金を参考にしました。ただし、Aの知的障害を考慮し、実際に得られる可能性のある収入額は、全労働者平均賃金の50%(約244万円)とされました。この金額は、Aが将来、障害者雇用の機会を得ることを想定した額であり、Aの特性や障害者雇用の現状を踏まえた慎重な判断がなされています。

結論

結論としては、逸失利益として、7歳から就労可能年齢の67歳に至るまでに年間244万円の収入を得たと想定して2000万円強、慰謝料として3000万円の合計約5000万円が損害として認められました。

裁判所の考慮要素

この判決において、裁判所は以下の要素を特に重視しました:

Aの障害の程度と発達状況

Aは重度の知的障害を有しており、一般的な児童と比べて能力の発達に大きな遅れがありました。しかし、特定の分野では高い集中力や記憶力を発揮するというAの特性を踏まえ、将来的に一定の収入を得る可能性があると判断されました。

障害者雇用の実情

日本における障害者雇用促進の取り組みや統計資料を基に、Aが将来、障害者として働く可能性があると見込まれました。そのため、Aの逸失利益額は、障害者として就労する可能性を反映させた金額として算定されました。

将来の収入の予測

Aが自立して就労するには、特別な支援が必要であり、その能力を最大限に活用するには時間がかかることが予測されました。そのため、逸失利益は現実的な範囲で算定され、Aの基礎収入額は全労働者平均賃金の50%とされました。

まとめ

本判決は、施設における事故に関して施設側の責任を認めた重要な事例です。また、知的障害を持つ年少者の逸失利益を算定する際には、その個別の発達状況や特性を十分に考慮する必要があることを示しました。施設運営者には、利用者の特性に応じた安全対策が求められるとともに、将来の逸失利益を適切に算定するためには、障害者雇用の現状や発達の可能性を踏まえた柔軟なアプローチが必要です。

【監修】

米玉利大樹
米玉利大樹代表弁護士
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