「業務委託だから労働法は関係ない」――そう言い切れるでしょうか。国内最大手の西村あさひ法律事務所で働いていた弁護士が、契約更新を拒否されたことをきっかけに「自分は労働者だ」と主張して事務所を訴えた裁判があります。東京地裁は令和7年2月13日、「労働者には当たらない」と判断し(東京地判令和7年2月13日・令和5年(ワ)第7211号)、令和8年8月28日には最高裁が上告を退けて弁護士側の敗訴が確定しました。専門職や業務委託の「労働者性」を考えるうえで重要な判例です。

1 事件の概要――年俸1800万円のカウンセル弁護士が「無期転換」を主張

原告は、弁護士登録から10年以上のキャリアを積んだうえで、平成26年1月、西村あさひ法律事務所にアソシエイトとして採用され、翌年にはカウンセルとなった弁護士です。契約は2年間の有期契約で、以後7回にわたり毎年同一条件で更新され、基準報酬は年間1800万円と定められていました。ところが令和4年9月、事務所側は契約を更新しない旨を通知しました。

これに対し原告は、「この契約は委任契約ではなく労働契約であり、通算5年を超えて更新されたから労働契約法18条1項により無期労働契約に転換している」と主張し、

  • 労働契約上の権利を有する地位の確認
  • 月額150万円の報酬等の支払い

を求めて提訴しました。

2 争点は「労働者性」――無期転換ルールの大前提

有期契約が通算5年を超えて反復更新された場合、労働者の申込みにより無期契約へ転換できる「無期転換ルール」(労働契約法18条)は、あくまで「労働者」に適用される制度です。したがって本件の勝敗は、原告が労働契約法2条1項の「労働者」に当たるかどうか、その一点にかかっていました。

裁判所は、契約の内容や労務提供の実態に照らし、①事務所の指揮監督下で労務を提供していたか、②報酬がその労務提供の対価といえるか(=使用従属関係があるか)という観点から判断するとしました。

3 東京地裁の判断――5つの視点から「労働者」を否定

(1)契約の名目と当事者の認識

採用通知には権利義務関係が「委任契約」であると明記され、原告は異議を述べることなく署名し、9年間にわたって同じ条件で更新を続けました。さらに原告は、契約交渉の際に自らの顧客を紹介すれば4000万円程度の売上が見込めると事務所側に伝え、報酬を出来高払いとする交渉まで行っていました。裁判所はこれらを踏まえ、原告は「法律のプロフェッショナルとして対等な立場で契約を締結した」のであり、委任契約であるという当事者の合理的意思は尊重されるべきだとしました。

(2)仕事を断る自由(諾否の自由)

パートナー弁護士から案件を割り振られる際は、原則としてメール等で参加意思の確認が行われており、仮に断っても制裁などの不利益な取扱いを受けると認めるに足りる証拠はありませんでした。

(3)具体的な指揮監督がないこと

原告自身が、担当パートナーを「任せると言ったら完全に任せきって一切口は出さない」人物と評し、自らの業務を「受任から請求に至るまで全て一人でこなしている」と述べていました。成果物の最終レビューを受けることはあっても、業務の遂行自体は原告の専門性と合理的な裁量に委ねられていたと認定されています。

(4)時間・場所の拘束が緩やかであること

オフィスへの入館記録はあっても労働時間を管理するためのものではなく、休暇の取得も上司の承認を要せず各弁護士の裁量に委ねられていました。

(5)報酬が「労務の対価」といえないこと

稼働時間(ビラブルアワー)が年2000時間超から1000時間未満まで大きく変動しても基準報酬1800万円は変わらず支払われ続け、交通事故で3か月ほど休職した年も減額はありませんでした。報酬は労働の時間や量に連動するものではなく、経験年数や専門性という属人的な要素への対価だと判断されました。

以上を総合し、東京地裁は原告が労働契約法2条1項の「労働者」に当たらないと結論づけました。労働契約でない以上、無期転換ルールも適用されず、契約は期間満了で終了。請求はすべて棄却されました。

4 控訴審・最高裁でも結論は変わらず確定

原告は控訴しましたが、東京高裁も労働者性を否定した一審の判断を維持しました。そして最高裁第二小法廷は令和8年(2026年)8月28日付で上告を退ける決定をし、「労働者とはいえない」とした判断が確定しています。

5 弁護士の目――この判決を企業実務にどう読むか

労働者性は本来、契約書の名称ではなく働き方の実態から客観的に判断されるというのが確立した考え方です。その中で本判決は、「委任契約であることを本人が理解して契約した」という当事者の認識をかなり重視した点に特徴があります。これは、年俸1800万円という処遇で対等に交渉できた本件だからこそ成り立った評価であり、どのような業務委託にも当てはまる理屈ではありません。

むしろ企業側が注意すべきは逆のケースです。次のような実態があれば、契約書に「業務委託」と書いてあっても労働者と認定され、残業代・解雇規制・無期転換といった労働法の規制が及ぶ可能性が高まります。

  • 仕事の依頼を事実上断れない
  • 業務の進め方に細かく指示を出している
  • 勤務時間や勤務場所を指定して管理している
  • 報酬が時間単価や勤務日数で計算されている

フリーランスや外部専門家の活用が広がるいま、契約の名目と実態を一致させておくことがトラブル予防の第一歩です。業務委託契約と労働契約の違いや無期転換ルールの詳細は、それぞれの解説記事もあわせてご覧ください。

6 まとめ

高度な専門性、高額の報酬、そして強い裁量――これらの事情がそろえば、弁護士のような専門職でも「労働者」ではないと判断される。それが本件の結論です。しかし裏を返せば、それだけの事情がなければ結論は変わりえます。業務委託契約の設計や運用に不安のある企業の方は、労働問題・企業法務に精通した弁護士へご相談ください。

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米玉利大樹
米玉利大樹代表弁護士
年間数百件の法律相談を受け、年間100件以上の法律問題を解決しています。
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