近年、求人効果の向上を目的として、基本給の中にあらかじめ一定の残業代を含める「固定残業代(みなし残業代)」制度を導入する企業が増加しています。特に、給与の額面が大きく見えるため、求職者にとって魅力的に映る傾向があります。
しかし、制度の運用が不適切であると、固定残業代部分が無効と判断され、別途残業代の支払い義務が生じるリスクがあります。以下では、固定残業代制度に関する法律上の要件や判例を踏まえ、導入時の注意点を解説します。
固定残業代に必要な法的要件
固定残業代が適法と認められるためには、以下の2点が必要です:
- 明確区分性:通常の給与部分と割増賃金部分が明確に区分されていること。
- 対価性:支給される金額が時間外労働の対価として支払われていることが明確であること。
明確区分性に関する判例
- 日本ケミカル事件(最判 平成30年7月19日): 基本給に組み込む「組込型」でも、割増賃金部分が明確に区分されていれば有効と認められました。
- 狩野ジャパン事件(長崎地裁 令和元年9月26日): 「職務手当」の中に固定残業代以外の手当が混在しており、金額の明示がなかったため、明確区分性が否定されました。
→ 組込型の場合でも、基本給のうちどの部分が割増賃金にあたるかを明示する必要があります。
対価性に関する判例
手当の名称に関する判断
- 国・さいたま労基署長事件(東京地裁 平成31年1月31日): 「業務手当」「固定残業手当」といった明確な名称があり、契約書や給与明細に記載があることから対価性が肯定されました。
- KAZ事件(大阪地裁 令和2年11月27日): 「調整手当」という名称では残業代とは認識できず、対価性が否定されました。
名称以外の要素を考慮した判断
- 母子愛育会事件(東京地裁 平成31年2月8日): 手当の名称だけでなく、支給内規や規則の記載、運用経緯なども含めて対価性が認められました。
→ 名称だけでなく、賃金規程や実際の運用も整備することが重要です。
長時間労働との関係
固定残業代が過大である場合、その有効性が否定される判例もあります。
- マーケティングインフォメーション事件(東京高裁 平成26年11月26日): 営業手当が月100時間分に相当し、上限(月45時間)を大きく超える時間外労働を想定していたため、無効とされました。
- ザ・ウィンザー事件(札幌高裁 平成24年10月19日): 月95時間分を固定残業代とするのは、安全配慮義務違反・公序良俗違反として、無効部分が認定されました。
- イヌクーザ事件(東京高裁 平成30年10月4日): 月80時間分の固定残業代について、健康を損なうおそれがあるとして、固定残業代制度自体が無効と判断されました。
→ 固定残業代であっても、過大な残業時間を正当化するものではなく、労働時間管理が重要です。
就業規則・契約書に記載すべき例
【手当型】の記載例:
第●条(固定時間外勤務手当)
1 固定時間外勤務手当は、月〇時間分の時間外勤務の対価として支給する。
2 金額は採用時および賃金改定時に個別に通知する。
3 実際の残業が〇時間未満でも支給する。
4 〇時間を超えた分は別途支給する。
【基本給組込型】の記載例:
第●条(基本給の構成)
1 基本給は、通常労働時間分と月〇時間分の時間外労働に対する割増賃金を含む。
2 それぞれの金額は採用時および改定時に個別に通知する。
まとめ
固定残業代制度は、求人効果や人件費の見通し管理において一定の利点がある一方で、制度設計や運用を誤ると重大なリスクを招く可能性があります。
制度を有効に活用するためには、
- 明確区分性・対価性を満たす契約内容と運用、
- 労働時間の適正な管理、
- 就業規則や雇用契約書での明確な記載、 が不可欠です。
万が一制度が無効とされた場合、多額の残業代の支払義務に加え、遅延損害金・付加金等も発生し、企業にとって大きな負担となります。導入にあたっては、専門家の助言を得ながら慎重に検討することをおすすめします。
【監修】

- 代表弁護士
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