「30万円を貸したまま返ってこない」「請負代金50万円が未払いのままだ」——金額がそれほど大きくない未払いは、弁護士に頼むと費用倒れになるのではないかと悩みがちです。そこで選択肢に挙がるのが少額訴訟。60万円以下の金銭請求について、原則1回の期日で判決まで出る簡易な手続きです。ただし、使えば必ず早く回収できるというものではなく、相手の出方ひとつで通常訴訟に引きずり込まれるという構造的な弱点があります。本コラムでは、少額訴訟が向いているケースと、選ばないほうがよいケースを具体的に整理します。
少額訴訟の基本——60万円以下・原則1回で判決
少額訴訟は、訴訟の目的の価額が60万円以下の金銭の支払いを求める場合に、簡易裁判所で利用できる特別な手続きです(民事訴訟法368条)。通常の訴訟と比べた特徴は次のとおりです。
- 審理は原則1回の期日で終結し、その日のうちに判決が言い渡される(370条・374条)
- 証拠は、その期日にすぐ取り調べられるものに限られる(371条)
- 判決には職権で仮執行宣言が付される(376条)ため、確定を待たずに強制執行ができる
- 判決に不服でも控訴はできず、同じ簡易裁判所への異議申立てのみ(377条・378条)
- 同一の簡易裁判所で年10回までという利用回数の制限がある
「1日で終わって、すぐ差し押さえられる」という点が最大の利点です。通常訴訟なら期日が月1回のペースで何度も重なり、判決まで半年以上かかることも珍しくありません。
最大の弱点——相手が「通常訴訟へ」と言えば終わり
ここが見落とされがちな点です。被告は、最初の期日で弁論をする前までに、通常の手続きへ移行させる旨を申述することができます(民事訴訟法373条1項)。この申述に理由は要らず、裁判所の許可も不要です。申述があれば、その時点で事件は通常訴訟に移り、少額訴訟の利点はすべて消えます。
つまり少額訴訟は、相手が争う姿勢を見せた瞬間に機能しなくなる手続きです。「1回で終わる」という前提は、相手が欠席するか、争わないか、移行を申し出ない場合にのみ成り立ちます。
加えて、審理が1回である以上、その場で取り調べられない証拠は使えません。証人を後日呼ぶ、鑑定を行う、といった進行は想定されていないため、事実関係に争いがある事件はそもそも土俵に乗りません。
向いているケース・向かないケース
向いている:証拠が揃っていて、相手が争点を持たない
借用書や契約書、振込履歴、納品書と請求書といった書面が揃っていて、相手が「払っていない」こと自体は認めている——単に払わないだけ、というケースです。この場合、相手は争う材料を持たないため通常訴訟に移行させても得がなく、そのまま1回で判決に至る見込みが高くなります。相手が期日に出頭しない場合も同様です。
向かない:金額が争われている/相手に言い分がある
「貸したのではなく贈与だ」「仕事の出来が悪いから減額されるべきだ」「一部は既に払った」といった反論が予想される事件では、移行申述をされる可能性が高く、手続きを分けた分だけ時間を失います。最初から通常訴訟を選ぶほうが早いこともあります。
向かない:相手の所在や資産が不明
判決を取ること自体が目的化してしまうパターンです。判決は回収のための道具であって、回収そのものではありません。相手の住所も口座も分からない状態では、1日で判決を得ても執行できません。この場合はまず所在調査や財産調査を先行させるべきです。
注意:判決が出ても「回収」ではない
少額訴訟の判決には仮執行宣言が付きますが、それは「強制執行してよい」という許可にすぎません。相手の預金口座や勤務先が分からなければ、実際に差し押さえる先がないままです。判決を得た後に相手の財産を調べる手段としては財産開示手続や第三者からの情報取得手続がありますが、そこまで進めると当初想定した手間を超えていきます。訴えを起こす前に、回収先の目処が立っているかを確認しておくことが重要です。
支払督促との使い分け
60万円以下の金銭請求では、支払督促という選択肢もあります。両者の性格はかなり違います。
- 支払督促:書面審査のみで裁判所に出向く必要がなく、金額の上限もありません。ただし相手が督促異議を申し立てると、自動的に通常訴訟に移行します
- 少額訴訟:60万円以下に限られ、期日には出頭が必要ですが、その場で主張と証拠を示して判決を得られます
どちらも「相手が争えば通常訴訟」という点は共通しています。違いは、争われなかった場合の手間です。相手が完全に無反応であることが見込まれるなら、出頭の要らない支払督促のほうが負担が軽い。相手は出てくるが反論材料がない、という見立てなら少額訴訟が向きます。支払督促の詳しい流れは支払督促を利用した債権回収をご覧ください。
まとめ
少額訴訟は、証拠が揃っていて相手に反論材料がない事件に限れば、1日で債務名義まで届く強力な手続きです。反面、相手が一言「通常訴訟で」と述べるだけで利点が消えるため、相手の出方を読まずに選ぶと遠回りになります。金額が小さくても、どの手続きを選ぶかで回収までの時間は大きく変わります。取るべき手段の見立てを含め、弁護士法人横浜キャピタル法律事務所にご相談ください。
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