自動車事故が起こった際に、加害者が車両の任意保険に加入していた場合、保険会社が被害者との間で示談代行をします。そして、被害者は加害者に対する損害賠償金の請求を保険会社に対して行うことになりますが、このときに保険会社としては被保険者から保険料の支払いがされていないことを理由に被害者への保険金の支払いを拒めるでしょうか。

事案の概要

本件は、会社Aが所有しその従業員が運転する自動車との交通事故により物損の被害を受けたBが、Aの保険会社Cに対し、保険契約(本件保険契約)の約款に基づく賠償金請求をした事案。

※本件保険契約は、約款上、対物事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合、損害賠償請求権者は、保険会社が被保険者に対して支払責任を負う限度において、保険会社に損害賠償の請求をすることができる旨規定している(直接請求)。

(争点①)被害者Bの直接請求権行使に対し、保険会社Cが本件不払特約に基づく支払拒絶ができるか。

※不払特約とは、被保険者が保険料の支払いを怠っている間に起こった事故については、保険会社が保険金の支払いを行わない旨の規定。

(争点②)本件不払特約の主張が信義則に反するか

(争点③)被害者Bと会社Aとの代打の示談契約に伴う賠償金請求の可否

(争点④)民法117条1項(又は類推適用)に基づく損害賠償請求権の可否

※民法117条1項

 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

簡易裁判所の判断(清水簡易裁判所令和4年7月5日判決)

(争点①)本件不払特約に基づき特段の事由のない限り保険会社Cは支払義務を負わない。

(争点②)会社Aの初回保険料払込期限の属する月の末日を経過し保険料未払の事実の調査が容易に可能であったにもかかわらず、保険会社Cが被害者Bに対し、被害車両の状況を確認して修理代を修理工場に直接支払うことなどを明言し、示談内容及び保険金を支払う旨を記載したハガキを被害者Bに送付したことからして、被害者Bが保険会社Cから保険金が支払われ損害の填補がなされるとの強い期待を持ったとしても無理からぬものがあるとして、本件不払特約の主張は信義則に反して許されず、前記特段の事由がある。

→被害者は保険会社から保険金が支払われるものと期待していたこと重視して、保険会社は保険金の支払義務を免れないとされました。

 これに対し保険会社Cが控訴。

地方裁判所の判断(静岡地方裁判所令和5年4月28日判決)

(争点①)会社Aが初回保険料をその払込期日の属する月の翌々月末日までに支払っていないため、本件不払特約に基づき本件事故による物的損害等の賠償金請求を拒絶できる。

(争点②)➊保険会社Cは示談代行を行い、被害者Bと会社A及び従業員との間で示談契約を成立させているが、保険会社Cは初回保険料の払込期日の属する翌々月末日までは、保険契約者である会社Aから初回保険料の払込みがなされて保険金の支払義務を負うことを前提に示談交渉等を代行せざるを得ず、また初回保険料は本件事故の損害賠償額に比べて極めて定額であって、会社Aにとって初回保険料を払い込むことで損害賠償の負担が相当程度軽減できることからすると、会社Aが初回保険料を払い込まないことによって保険金を支払わないことになるという事態を想定することは非常に困難であったといえる。

 ❷他方、保険会社Cが被害者Bとの間の示談交渉を代行したことにより、被害者Bが損害賠償義務を負っている会社Aからではなく保険会社Cから本件事故の損害賠償金の支払いを受けられると期待したとしても、それはあくまで本件保険契約の存在を前提とする事実上のものといわざるを得ない。

(争点③)保険会社Cが会社A及び従業員を代理して示談交渉を行い、会社A及び従業員と被害者Bとの間の示談契約を成立させているが、保険会社Cは示談契約の当事者であるとは認められず、保険会社Cが被害者Bとの間で直接請求権も行使されていることを前提とした示談交渉をしていると直ちに認めるに足りる証拠はないため、示談契約に伴う被害者Bの保険会社Cに対する賠償金請求は認めない。

(争点④)会社A及び被害者Bを代理した保険会社Cの担当者の示談代行により、会社Aと被害者Bとの間の示談契約が成立したため無権代理であることを前提とした民法117条1項(又は類推適用)に基づく損害賠償請求は認められない。

→簡易裁判所の判断とは異なり、被害者の保険金支払いに対する期待は事実上のものであるから、それがあるとしても保険会社は不払特約に基づき保険金の支払いを拒絶できるとしました。

まとめ

被害者としては、加害者が車両の任意保険に加入して、加害者に代わり保険会社が示談代行をしていることからすると、そこで成立した示談金は保険会社から確実に支払われるものという期待があります。しかし、上記の判決によれば、加害者が保険料の支払いを怠っていたという被害者の知らない事情をもって、保険金の不払いが認められることになります。

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