財産開示手続は、債務者の財産の所在が分からない場合に、債務名義(判決など)を得た債権者が、債務者を裁判所に呼び出して財産の状況を申告させる制度です。強制執行の前提として、実効性の高い制度として位置づけられています。

では、財産開示手続の実施が決定された後に「弁済したから、そもそも債権は存在しない」と主張して手続を止めることはできるのでしょうか?
この点が争われた裁判例(最高裁令和4年10月6日決定)をもとに、制度の意義と法的論点を整理します。

事案の概要

本件では、債権者である元妻が、元夫(債務者)との間で作成した公正証書に基づき、養育費債権の支払いを求めて財産開示手続を申し立てました(民事執行法197条1項2号)。

この規定に基づく財産開示手続は、既知の財産に対する強制執行を行っても十分な弁済が見込めない場合に利用できるものです。

債務者である元夫は、実施決定に対して「債務は弁済によってすでに消滅している」と主張して執行抗告を申し立てました。

東京高裁の判断(令和3年9月29日)

東京高裁は以下のように判断し、債務者の主張を認める姿勢を見せました:

  • 債権がすでに弁済によって消滅している場合には、民事執行法197条1項2号の「債務が残っている」という要件を欠くことになる。
  • 民事執行法203条は、強制執行に関する規定を財産開示手続にも準用しており、これは債権の存否を執行抗告の中で主張できる根拠になりうる。

つまり高裁は、「債権が消滅していれば、財産開示手続を進める理由がなくなる」との立場でした。

最高裁の判断(令和4年10月6日)

これに対し最高裁は、高裁の判断を覆し、次のように述べました:

  • 執行裁判所は、強制執行の手続において債権の存否を判断することは予定されておらず、財産開示手続も同様である。
  • 民事執行法203条が35条(請求異議の訴えに関する規定)を準用していないことは、債権の不存在・消滅を執行抗告の理由とすることができるという根拠にはならない。

したがって、財産開示の実施決定に対して、「すでに債権は存在しない」と主張しても、それを理由に手続の中止を求めることはできないとしました。

解説と実務上の注意点

財産開示手続は、債務者の財産が不明な場合に、迅速な強制執行を実現するための前提手続と位置づけられています。
そのため、この段階で「弁済した」「債務はない」といった本来は訴訟(請求異議の訴え)で争うべき主張を持ち出して手続を止めることは、制度趣旨に反すると判断されました。

つまり本決定は、以下のような実務上の整理を促しています:

  • 債務者が「すでに支払った」などと主張する場合でも、財産開示手続の実施決定を取り消すための執行抗告では対応できない
  • どうしても債務不存在を争いたいのであれば、別途「請求異議の訴え」を提起する必要がある
  • なお、その請求異議訴訟の係属中に財産開示手続の「一時停止」を求められるかについては、現時点では法的に確立された見解はありません。

まとめ

本決定は、財産開示手続が強制執行の準備として迅速・的確に行われるべき手続であることを改めて確認したものです。

財産開示手続の実施決定を受けた債務者が、これを回避するために弁済を行ったとしても、その主張は原則として別の手続(請求異議の訴え)で主張すべきであり、執行抗告の理由にはならないという最高裁の明確な判断が示された点に注意が必要です。止を求めることができるかは未だ争いのあるところです。

【監修】

米玉利大樹
米玉利大樹代表弁護士
年間数百件の法律相談を受け、年間100件以上の法律問題を解決しています。
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