管理費や修繕積立金の滞納は、放置するほど回収が難しくなります。理由は二つあります。ひとつは5年で時効にかかること、もうひとつは滞納者が物件を売却したり、住宅ローンの残債が膨らんだりして、回収の原資が失われていくことです。一方で管理組合には、一般の債権者にはない強力な手段が用意されています。とくに区分所有法8条により、滞納したまま売却されても新しい所有者(買主)に請求できる点は、実務で最も効く武器です。本コラムでは、督促から差し押さえ・競売までの手順を、管理組合の立場から順に解説します。
この記事のポイント
- 管理費・修繕積立金は毎月の分ごとに5年で時効にかかるため、請求できるのは直近5年分に限られる(最高裁平成16年4月23日判決・民法166条1項1号)
- 滞納したまま部屋が売られても、管理組合は新しい所有者(買主・落札者)に滞納分の全額を請求できる(区分所有法8条)
- 遅延損害金の利率や、違約金としての弁護士費用を請求できるかは、管理規約の定め次第
- 回収の手続は、争われなければ支払督促、60万円以下なら少額訴訟、争いがあれば通常訴訟。判決後は差押え
- 財産が見つからなければ専有部分の競売も選択肢。区分所有法7条の先取特権による競売と59条の競売請求は性質が違う
最初に確認すべき3点
① 時効は5年。古い分から消えていく
管理費・修繕積立金の債権は、5年で時効により消滅します。最高裁平成16年4月23日判決は、管理費が毎月定期的に発生する債権であることから、当時の民法169条(定期給付債権の短期消滅時効)が適用されると判示しました。2020年4月施行の改正民法のもとでも、権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号)で結論は同じです。
重要なのは、毎月の管理費ごとに時効が進行する点です。10年滞納している区分所有者がいても、請求できるのは直近5年分だけということが起こります。長期滞納を発見したら、まず「どこまで請求できるか」を確定させてください。時効の完成が迫っている場合は、内容証明郵便による催告で6か月間だけ完成を猶予できます(民法150条)。ただし猶予は1回限りで、その6か月以内に訴訟等を起こさなければ意味がありません。
② 遅延損害金は管理規約次第
管理規約に遅延損害金の利率を定めていれば、その利率で請求できます。定めがない場合は法定利率(現在は年3%)にとどまります。国土交通省のマンション標準管理規約は利率を各組合が定める形にしており、実務では年14.6%程度を設定している組合が少なくありません。規約を確認し、定めがなければこの機会に改正を検討してください。滞納が発生してから遡って適用することはできません。
③ 弁護士費用を請求できるかも規約次第
訴訟にかかった弁護士費用は、原則として相手方に請求できません。しかし管理規約に「違約金としての弁護士費用」の条項があれば請求できます。詳しくは「滞納者に弁護士費用を請求できる?管理組合が知っておくべきポイント」で解説しています。
売却されても買主に請求できる──区分所有法8条
管理組合が持つ最大の武器がこれです。区分所有法8条は、管理費等の債権を「特定承継人」に対しても行使できると定めています。特定承継人とは、その専有部分を買った人、贈与を受けた人、競売で落札した人などを指します。
つまり、滞納したまま部屋が売られても、管理組合は新しい所有者に対して滞納分の全額を請求できます。買主が滞納の事実を知らなかったとしても同じです。売主本人が無資力でも、買主から回収できるということです。
実務上のポイントは次の3点です。
- 売主への請求権は消えない。買主に請求できるようになるだけで、売主にも引き続き請求できます。どちらに請求してもかまいません。
- 所有権の移転を早く把握する。登記が動いたことに気づかず請求先を間違えると時間を失います。長期滞納者がいる場合は、定期的に登記情報を確認しておくべきです。
- 時効は引き継がれる。買主に請求できるのも、時効にかかっていない範囲に限られます。売却を待っていれば回収できる、という話ではありません。
売買の実務では、仲介業者が管理会社に滞納の有無を照会し、決済時に精算されるのが通常です。管理組合としては、この照会に正確な滞納額を回答することが事実上の回収機会になります。照会への回答体制を整えておくだけで、回収率は変わります。
回収手続きの選び方
差し押さえ(強制執行)をするには、原則として「債務名義」——判決や支払督促などの、強制執行を認める公的な文書——が必要です。どの手続きで債務名義を取るかは、滞納額と相手の出方で決まります。
| 手続き | 使える場面 | 特徴 |
|---|---|---|
| 支払督促 | 相手が争ってこないと見込まれるとき | 書類審査のみで裁判所に出頭不要。手数料は訴訟の半額。ただし相手が異議を出すと通常訴訟へ移行する |
| 少額訴訟 | 請求額60万円以下 | 原則1回の期日で判決。同じ簡易裁判所で年10回まで。相手が通常訴訟を希望すれば移行する |
| 通常訴訟 | 60万円超、または相手が争ってくるとき | 時間はかかるが確定判決が得られる。滞納が長期化した事案はこれになることが多い |
滞納が続いている事案では、相手が争わずに支払督促が確定するケースも相当あります。まず支払督促を試し、異議が出たら訴訟に移行するという進め方が、費用対効果の面では合理的です。ただし、相手が財産を処分するおそれがあるなら、先に仮差押えで資産を押さえておく必要があります。
差し押さえ──相手の財産が分からないとき
債務名義を得ても、差し押さえる財産を特定できなければ回収はできません。裁判所は財産を探してくれないため、申立てには「どの銀行のどの支店の口座か」まで書く必要があります。
財産開示手続
債務者本人を裁判所に呼び出し、財産の状況を陳述させる手続きです。2020年の民事執行法改正で罰則が強化され、出頭しなかったり虚偽の陳述をしたりすると6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金という刑事罰の対象になりました。改正前は過料30万円にとどまり実効性が乏しかったのですが、改正後は出頭率が上がっています。
第三者からの情報取得手続
裁判所を通じて、金融機関や登記所から直接情報を取り寄せる手続きです。管理組合が使えるのは次の2つです。
- 預貯金債権に関する情報:金融機関に対し、口座の有無と残高を照会できます。複数の銀行にまとめて申し立てられます。
- 不動産に関する情報:登記所に対し、債務者名義の不動産を照会できます。こちらは財産開示手続を先に経ている必要があります。
注意点として、勤務先(給与債権)の情報取得は管理組合には使えません。民事執行法206条により、給与に関する情報を取得できるのは養育費等の債権者と、生命・身体の侵害による損害賠償請求権を持つ債権者に限られています。管理費はいずれにも当たりません。給与を差し押さえたい場合は、勤務先を別途把握しておく必要があります。
競売という選択肢──7条と59条の違い
差し押さえるべき財産が見当たらない場合、専有部分そのものを競売にかける方法があります。区分所有法には性質の異なる2つの競売が用意されており、どちらを使うかで結果が大きく変わります。
区分所有法7条:先取特権に基づく競売
管理組合は管理費等の債権について、その専有部分と備え付けの動産に先取特権を持ちます。担保権の実行なので、判決を得ていなくても競売を申し立てられるのが利点です。
ただし大きな制約があります。この先取特権は共益費用の先取特権とみなされる(区分所有法7条2項)ため、登記された抵当権には劣後します。住宅ローンが残っているマンションでは、売却代金がローンの残債で消えてしまい、管理組合への配当が見込めない「無剰余」として競売が取り消されるのが通常です。実務上、この方法が機能するのはローンを完済している物件などに限られます。
区分所有法59条:区分所有権の競売請求
共同の利益に反する行為による障害が著しく、他の方法では除去が困難なときに、その区分所有者から所有権を奪う手続きです。長期・多額の管理費滞納は、これに当たり得ると解されています。
この手続きは債権を回収するためではなく、滞納者をマンションから排除するためのものです。そのため配当を目的とせず、無剰余であっても競売が実行される点で7条とは決定的に異なります。抵当権が付いていても使えるということです。
もっともハードルは高く、次の2段階を踏む必要があります。
- 集会の決議:区分所有者および議決権の各4分の3以上の賛成が必要です。あらかじめ当該区分所有者に弁明の機会を与えなければなりません。
- 訴訟:決議に基づき、競売を請求する訴えを提起します。判決を得てから競売を申し立てます。
落札されれば新所有者が生まれ、区分所有法8条により滞納分をその新所有者に請求できます。配当が得られない競売でも回収につながるのはこのためです。
よくある質問
滞納者が自己破産したら、もう回収できませんか。
破産手続開始前に発生した分は免責の対象になり、回収は困難です。ただし開始後に発生した管理費は免責されません。また専有部分が売却されれば、区分所有法8条により買主に請求できます。破産の通知を受けたら、免責される範囲と、その後に発生する分を切り分けて管理してください。
所有者が行方不明です。どうすればいいですか。
訴訟は可能です。住民票や戸籍の附票で住所を追跡し、それでも所在が判明しない場合は公示送達という方法で訴訟を進められます。判決を得たうえで、専有部分に対する競売や、判明した財産の差し押さえを検討することになります。
理事会だけで訴訟を起こせますか。
管理費の請求訴訟は、標準管理規約に沿った規約であれば理事会の決議で提起できるのが一般的です。一方、区分所有法59条の競売請求は集会の特別決議(各4分の3以上)が必須です。まず自組合の規約を確認してください。
少額なので費用倒れになりませんか。
支払督促であれば手数料は訴訟の半額で、相手が争わなければ短期間で債務名義が得られます。また管理規約に違約金としての弁護士費用の条項があれば、費用を滞納者に負担させられます。滞納は放置すると増えるだけなので、早い段階で動くほうが総額としては安く済みます。
まとめ
管理費の回収では、まず時効にかかっていない範囲を確定し、そのうえで支払督促・少額訴訟・通常訴訟のどれで債務名義を取るかを決めます。財産が分からなければ財産開示手続と預貯金の情報取得を使い、それでも回収できなければ競売を検討する——という順序になります。そして物件が売却された場合には、区分所有法8条で買主に請求できることを忘れないでください。
遅延損害金と弁護士費用を滞納者に負担させられるかは、管理規約の書き方で決まります。現に滞納者がいる組合はもちろん、いまは問題がない組合も、規約の条項を一度確認しておくことをお勧めします。滞納が発生してからでは遅いためです。
管理費・修繕積立金の回収や、管理規約の整備についてお困りの際は、お早めにご相談ください。
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