従業員が業務中にミスをして会社に損害が発生した場合、経営者として「損害を本人に負担させられないか」と考えることがあるかもしれません。しかし、法律上は従業員に対して無制限に損害賠償請求できるわけではなく、また給与から天引きして補填することにも厳しい制約があります。

この記事では、裁判例もふまえながら、従業員への損害賠償請求の可否や給与との相殺のルールを整理して解説します。

従業員に損害賠償請求はできるのか?

従業員が会社に損害を与えた場合、民法上は「債務不履行」や「不法行為」として損害賠償請求が認められる余地があります。
ただし、裁判例では「報償責任の法理」や「使用者責任」の考え方から、従業員個人に全額の責任を負わせることは相当ではないとされ、損害の公平な分担の観点から大幅に減額されるケースが多いのが実情です。

一方で、横領や故意による不正行為のように、会社が責任を負うべきでないケースでは、全額の賠償を命じられることもあります。

実際の裁判例

例えば、業務中の交通事故により会社が損害を負った事例では、従業員の過失が認められつつも、会社の規模や保険未加入の状況、従業員の賃金水準などを考慮し、最終的に損害額の4分の1のみ賠償義務が認められたという判例があります。

このように、裁判所は一律に全額賠償を命じるのではなく、会社・従業員双方の事情を踏まえて妥当な範囲に減額する傾向にあります。

損害賠償を契約で定められるのか?

「あらかじめ雇用契約で定めておけばよいのでは」と思う方もいるでしょう。しかし、労働基準法16条は「違約金や損害賠償予定の禁止」を定めており、一般的にそのような条項は無効となります。
ただし、留学費用や研修費用の返還をめぐっては、ケースによって有効とされた裁判例もあり、状況により判断が分かれるところです。

給与からの天引きはできるのか?

労働基準法24条には「賃金の全額払いの原則」があり、会社が一方的に損害額を給与から控除することは原則禁止されています。
これに違反すると、30万円以下の罰金が科される可能性もあります。

もっとも、従業員本人が自由意思に基づいて同意した場合や合理的な事情がある場合には、一部の控除が有効と判断された裁判例もあります。ただし、その有効性は非常に限定的であり、実務上は慎重な判断が求められます。

まとめ

  • 従業員への損害賠償請求は可能だが、多くの場合は大幅に減額される。
  • 故意・横領など悪質なケースでは全額請求が認められることもある。
  • 損害賠償を契約で予定することは原則禁止。
  • 給与からの天引きは原則禁止で、違反すると罰則の可能性あり。

従業員のミスに直面した際、感情的に賠償を求めるのではなく、法的に許される範囲と従業員の生活保障とのバランスを理解したうえで対応することが重要です。万が一、対応に迷う場合は、労務に詳しい弁護士へ相談することをおすすめします。

【監修】

米玉利大樹
米玉利大樹代表弁護士
年間数百件の法律相談を受け、年間100件以上の法律問題を解決しています。
「より良い解決」「迅速な解決」を大事にしており、個々の事案に適したスピーディな進行・解決を心がけています。
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