「退去費用が思っていたより高い」「敷金が返ってこないうえに追加で請求された」——賃貸住宅を退去するときの精算は、トラブルになりやすい場面です。精算書を見て、まず「相場と比べて高いか」を調べる方が多いのですが、退去費用は部屋の広さや傷の程度で大きく変わるため、相場の金額と比べても妥当かどうかは判断できません。大切なのは、その費用を誰が、どこまで負担するのかです。この記事では、借主の立場から、原状回復の負担区分、クロス(壁紙)の耐用年数による計算、クリーニング代などの特約、敷金が返ってこないときの対応を解説します。

お手元の精算書の項目と金額を入れて負担の目安を計算できる「退去費用セルフチェック」もあわせてご利用ください。

この記事のポイント

  • 通常の使い方で生じた傷みや年数による劣化の修繕費は、原則として貸主の負担(民法621条)
  • 借主が傷めたクロスでも、耐用年数6年で負担割合が下がる。入居から4年なら負担は3分の1(国土交通省のガイドライン)
  • 負担の範囲は、傷めた箇所を含む壁一面分までが目安で、部屋全体の張替え費用を負担する必要はない
  • 通常損耗を借主負担とする特約は、範囲が契約書に具体的に書かれているか、説明を受けて明確に合意していることが必要(最高裁平成17年12月16日判決)
  • 敷金は、明け渡し後に未払いの家賃や借主負担の費用を差し引いた残りが返還される(民法622条の2)

借主が負担するもの・しないもの

民法621条は、借主は退去のときに部屋を元に戻す義務(原状回復義務)を負うとしたうえで、通常の使い方で生じた傷みや汚れ(通常損耗)と、年数がたって自然に生じる劣化(経年変化)は除くと定めています。つまり、普通に暮らしていて生じる傷みの修繕費は、家賃に含まれているものとして貸主が負担するのが原則です。

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」も同じ考え方で、借主が負担するのは、故意・過失や、通常の使い方を超える使い方によって生じた傷み・汚れの復旧費用としています。

主な例
貸主の負担(通常損耗・経年変化)日焼けによるクロスや床の変色、家具を置いていた跡、画鋲・ピンの穴、通常の掃除で落ちる程度の汚れ
借主の負担(故意・過失など)タバコのヤニ汚れ、落書き、ペットによる傷や臭い、結露を放置して広がったカビ、物を落としてできた傷

なお、このガイドラインは法律ではなく、一般的な基準を示したものです。最終的には契約の内容と部屋の使い方によって個別に判断されますが、交渉や裁判の場面でも参考にされることが多い資料です。

クロス(壁紙)の耐用年数と負担割合の計算

借主が傷めた場合でも、修繕費の全額を負担するとは限りません。ガイドラインは、経年変化や通常損耗の分はすでに家賃に含まれているとして、建物や設備の経過年数が長いほど借主の負担割合を減らすのが適当としています。

クロスの耐用年数は6年とされ、入居時に新品だったクロスは、6年で価値が1円になるように、年数に応じてまっすぐ下がる計算をします。ガイドラインの例では、入居から4年たったクロスの借主負担は「1-4/6」で3分の1です。

たとえば、借主の不注意で汚した壁一面のクロスの張替え費用が6万円の場合、借主の負担の目安は次のようになります。

入居してからの年数借主の負担割合借主の負担の目安
1年6分の5約50,000円
2年3分の2約40,000円
3年2分の1約30,000円
4年3分の1約20,000円
5年6分の1約10,000円
6年以上ほぼゼロ(残存価値1円)ほぼ負担なし

入居したときにすでにクロスが古かった場合は、借主の負担割合はさらに下がることがあります。クッションフロア・カーペットなども同じ6年で計算するのが基本です。一方、畳表・襖紙・障子紙のように消耗品とされるものや、フローリングの部分的な補修は、経過年数を考えない項目とされています。

負担の範囲は「傷めた部分」まで

負担の範囲は、できるだけ傷めた部分に限るのが基本です。クロスは一部分だけ張り替えると色の違いが目立つため、傷めた箇所を含む一面分までは借主の負担とすることが認められています。ただし、一面の汚れを理由に部屋全体のクロス代をすべて請求したり、より良いグレードに替える費用まで借主に負担させたりするのは妥当でないとされています。

クリーニング代・補修費の特約がある場合

契約書に「退去時のハウスクリーニング代は借主の負担とする」「通常損耗の補修費用は借主が負担する」といった特約があることがあります。こうした特約は直ちに無効になるわけではありませんが、通常損耗を借主に負担させるのは借主にとって予想外の負担となるため、認められる条件が厳しく決められています。

通常損耗を借主負担とする特約の条件(最高裁平成17年12月16日判決)

最高裁は、通常損耗を借主の負担とする特約が成り立つには、少なくとも、借主が負担する通常損耗の範囲が契約書に具体的に書かれているか、契約書から明らかでない場合は貸主が口頭で説明し、借主がその内容をはっきり認識して合意したと認められることが必要だとしました。単に「原状回復費用は借主負担」と書いてあるだけでは足りず、何を、どの範囲で、いくら(またはどう計算して)負担するのかが明確であることが重要です。

金額が高すぎる特約は無効になることも

特約が明確でも、金額が高すぎれば消費者契約法10条により無効となる場合があります。敷金から一定額を差し引く「敷引特約」について、最高裁平成23年3月24日判決は、通常損耗の補修費用として通常想定される額や家賃の額、礼金など他の一時金の有無などに照らして高額すぎる場合は無効になるとしました(その事案では、敷引金が家賃の2倍弱〜3.5倍強にとどまるとして有効)。退去時に定額の「補修分担金」を払わせる条項についても、月額家賃の約2.5倍の分担金を無効とした京都地裁平成20年4月30日判決、25万円の分担金を無効とした大阪高裁平成22年3月11日判決があります。

クリーニング代の特約がある場合も、金額が契約書に書かれていたか、説明を受けて合意したか、金額が相当かを確認してください。特約がなければ、借主が普段どおりの掃除をしていた場合の専門業者によるクリーニングは、次の入居者のためのものとして貸主の負担とする考え方がガイドラインで示されています。

精算書が届いたら確認すること

  • 項目ごとに、通常損耗・経年変化にあたらないか(日焼け、家具の跡、画鋲の穴など)
  • クロスや床の張替えに、入居してからの年数が反映されているか
  • 張替えの範囲が、傷めた箇所を含む一面分などに収まっているか(部屋全体になっていないか)
  • 単価と面積(㎡数)が書かれているか。書かれていなければ見積もりの内訳を求める
  • クリーニング代・鍵交換代などの特約が契約書にあるか、金額は書かれていたか
  • 入居時と退去時の部屋の写真、入居時のチェックシートが手元にあるか

退去の立会いで書面にサインした場合でも、それが傷の確認だけの書面か、金額の支払いに同意する書面かで意味は大きく変わります。まずは写しを手元に用意して内容を確認しましょう。

敷金が返ってこないとき

民法622条の2は、賃貸借が終わって部屋を明け渡したときに、貸主は敷金から未払いの家賃や借主が負担すべき費用を差し引いた残りを返さなければならないと定めています。借主負担とされる費用が正しく計算されていなければ、その分の敷金は返してもらえる可能性があります。

進め方は、まず精算書の項目ごとに上記の点を確認し、根拠(ガイドラインの考え方、入居年数、写真など)を示して管理会社や貸主に説明と再計算を求めます。応じてもらえなければ、内容証明郵便で返還を求め(書き方は「内容証明で未払い金を請求する方法」を参考にしてください)、それでも解決しなければ簡易裁判所の調停や少額訴訟(60万円以下の金銭の支払いを求める手続)を検討します。返還を求める権利には時効があるため、早めに動くことが大切です。

当事務所が実際に対応した例として、敷金が返らず追加請求までされた借主の方の事案を「退去時に敷金が返らず追加請求まで。通常損耗を主張し敷金の返還を実現」で紹介しています。

よくある質問

Q. 退去費用の相場はいくらですか?

部屋の広さや傷の程度で大きく変わるため、一律の相場はありません。妥当かどうかは、通常損耗かどうか、耐用年数が反映されているか、負担の範囲が広すぎないかで判断します。精算書の項目と金額から目安を計算できる「退去費用セルフチェック」もご利用ください。

Q. 6年以上住んだ部屋でも、クロスの張替え費用を払う必要がありますか?

借主の不注意で汚した場合でも、クロスは6年で残存価値1円とする計算が基本のため、張替え費用の負担はほとんどなくなります。入居時にすでにクロスが古かった場合は、負担はさらに小さくなります。

Q. 退去の立会いでサインしてしまったら、もう争えませんか?

サインした書面の内容によります。傷の確認だけの書面か、金額の支払いに同意する書面かで意味が大きく変わるため、まず写しを手元に用意して内容を確認してください。

まとめ

退去費用が妥当かどうかは、相場の金額ではなく、①通常損耗・経年変化は貸主の負担、②借主の負担でも耐用年数で減る、③特約は明確な合意と相当な金額が必要、という3つの点で決まります。精算書が届いたら、項目ごとにこの3点を確認してみてください。お手元の精算書で負担の目安を計算したい方は「退去費用セルフチェック」をご利用ください。金額が大きい場合や、貸主・管理会社との話し合いがまとまらない場合は、弁護士法人横浜キャピタル法律事務所にご相談ください。

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