「返してもらう前に、相手が亡くなってしまった」。貸金や売掛金の回収では、実際に起こりうる場面です。債務者が死亡すると請求先は相続人に移りますが、相続放棄をされると回収の道が閉ざされたように見えます。しかし放棄されても回収できるルートは残っています。本記事では、債権者の立場から、死亡直後に確認すべきことと、相続放棄後に取りうる2つの手段を整理します。
結論:借金は相続人に引き継がれる。ただし法定相続分に応じて分割される
相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。プラスの財産だけでなく借金も対象です。
注意すべきは、金銭債務は相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に分割される点です。相続人が配偶者と子2人なら、300万円の貸金は配偶者150万円・子75万円ずつに分かれます。誰か1人に全額を請求することはできません。遺産分割協議で「長男が全部払う」と決めても、それは相続人間の取り決めにすぎず、債権者の同意がなければ債権者には対抗できません。
この「当然に分割される」という扱いは判例で確立しています(最高裁昭和34年6月19日判決・民集13巻9号757頁)。また、遺言で相続分が指定されていた場合でも、債権者は各相続人に対し法定相続分に応じて請求できます(民法902条の2)。ただし、債権者が指定された相続分に応じた承継を一人の相続人との関係で承認すると、この限りではなくなります。
1. 死亡を知ったらまず確認する3つのこと
①相続人が誰かを特定する
被相続人の出生から死亡までの戸籍を追い、相続人を確定します。債権者は利害関係人として戸籍を取得できます。相続人の住所は戸籍の附票で追跡します。
②相続財産があるかを調べる
不動産の有無は名寄帳や登記情報で確認できます。財産がまったくない場合、相続人に請求しても実益が乏しいことがあります。
③熟慮期間の3か月を意識する
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続放棄をするかどうかを決めます。この期間内に相続人が動く可能性があるため、債権者としても早めに情報を集めておく必要があります。
2. 相続放棄をされるとどうなるか
相続の放棄をした者は、その相続に関してははじめから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。その相続人には請求できなくなります。
ただし、相続権は次順位へ移ります。子が全員放棄すれば親へ、親もいなければ兄弟姉妹へ移るため、請求先が消えるとは限りません。次順位の相続人は、自分が相続人になったことを知った時から3か月の熟慮期間が始まります。順に放棄が続くと、結果的に相続人が一人もいない状態になります。
3. 相続放棄されても回収できる2つのルート
ルート① 法定単純承認を主張して放棄を覆す
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条)。放棄の手続を済ませていても、次のような事情があれば放棄の効力を争える場合があります。
- 被相続人の預貯金を引き出して自分の用途に使った
- 被相続人名義の車や貴金属を売却した
- 相続財産を隠したり、私的に消費したりした
もっとも、葬儀費用に充てた程度では処分にあたらないと判断されることもあり、線引きは事案ごとです。主張するには、引き出しの時期・金額・使途を示す資料が要ります。
ルート② 相続財産清算人の選任を申し立てる
相続人が全員放棄して誰もいなくなった場合でも、財産が残っていれば回収の余地があります。債権者は利害関係人として、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てられます(民法952条)。選任された清算人が不動産などを換価し、債権者に配当します。
実務上のハードルは予納金です。清算人の報酬に充てるため、申立人が数十万円から100万円程度を裁判所に納めるよう求められることがあります(財産の内容によって金額は変わります)。回収見込額が予納金を下回るなら、申立てをしない判断も合理的です。
なお2023年4月施行の改正により、この制度は「相続財産管理人」から「相続財産清算人」に改称され、公告の手続が整理されて従来より短い期間で清算に進めるようになりました。以前より使いやすくなっています。
4. 相続が起きても時効は原則として進む
見落とされがちですが、債務者が死亡しても消滅時効の進行は止まりません。個人間の貸金であれば、権利を行使できることを知った時から5年で時効にかかります(貸金の時効の数え方は貸金返還請求の消滅時効で詳しく解説しています)。
例外:相続財産に関する6か月の完成猶予
民法には、相続財産に関する特則があります。「相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない」(民法160条)。たとえば相続人全員が放棄して相続財産清算人が選任された場合、時効期間がすでに満了していても、選任から6か月の間は時効が完成しません。
注意したいのは、この規定が相続人を調べている期間全体を止めるものではない点です。猶予されるのは、相続人の確定や清算人の選任といった出来事から6か月に限られます。相続人がはっきりしていて、その人が放棄もせずに時間だけが過ぎていく場合には、通常どおり時効が進みます。期限が迫っているなら、訴訟提起などの時効の完成猶予措置を先に検討してください。
5. 相続人が限定承認をした場合は「申出期間」を逃さない
相続人は、放棄と単純承認のほかに、相続で得た財産の範囲でだけ借金を払う「限定承認」を選ぶこともできます。限定承認がされると、相続財産の中から債権者へ配当する清算の手続が始まります。債権者側で押さえるべきは、請求を申し出る期間が決まっていることです。
公告は官報に載る。申出期間は2か月以上
限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者に対して、限定承認をしたことと、一定の期間内に請求の申出をすべきことを公告しなければなりません。この期間は2か月を下ることができず、公告は官報に掲載して行います(民法927条1項・4項)。
期間内に申し出ないと「残り」からしか回収できない
期間内に申出をしなかった債権者で、限定承認者に知られていなかった者は、他の債権者への清算が終わった後の残余財産についてのみ権利を行使できます(民法935条)。相続財産が少なければ、実際には回収できないことを意味します。
一方、限定承認者に「知れている」債権者は、公告による除斥の対象にできず、限定承認者は各別に申出を催告しなければなりません(民法927条2項・3項)。債務者の死亡を知った段階で、相続人に対して書面で貸金の存在と金額を伝えておくことは、官報の公告を見落とした場合の備えにもなります。
よくある質問
Q. 相続人が誰も名乗り出ません。放置してよいですか
放置すると時効が進むだけです。戸籍から相続人を特定し、それでも不在なら相続財産清算人の申立てを検討します。
Q. 借用書がありません。相続人に請求できますか
可能ですが立証の負担は重くなります。振込履歴やメッセージのやり取りなど、貸付の事実を示す資料を集めてください。
Q. 連帯保証人がいる場合はどうなりますか
主債務者が死亡しても保証債務は消えません。相続人への請求とは別に、保証人へ全額を請求できます。
Q. 相続人の一人が「自分が全部払う」と言っています。応じてよいですか
その相続人が実際に全額を払える資力があるかを先に確認してください。相続人間の合意だけでは、他の相続人の支払義務は消えません。一方、債権者がその相続人だけに引き継がせることを承認すると、他の相続人に法定相続分で請求できなくなるおそれがあります。返事をする前に、合意書の文言を確認することをお勧めします。
Q. 借用書がなく、相続人が「借金のことは知らない」と言います
債務者本人が亡くなっているため、貸付の事実は客観的な資料で示すほかありません。振込の記録、返済の入金履歴、LINEやメールで返済を約束したやり取りなどを時系列で整理してください。借用書がない場合の証拠の集め方は借用書なしで貸したお金を取り返す方法で解説しています。
まとめ
債務者の死亡は回収の終わりではありません。請求先は相続人へ移り、放棄されても法定単純承認と相続財産清算人という2つのルートが残ります。ただし相続人の調査、放棄の見極め、予納金と回収見込額の比較、限定承認の申出期間、そして時効の管理と、判断すべき点が同時に走ります。どのルートに実益があるかは財産の内容次第です。相手の死亡を知った段階でご相談いただければ、回収可能性の見立てからお示しできます。
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