借地の上に建っている建物を買ったのに、地主が土地の賃借権の譲渡を認めてくれない。このとき買主を救うのが、地主に「時価で買い取れ」と請求できる建物買取請求権です。では、建物の持分だけを買った場合はどうか。最高裁は2026年8月28日、この点について初めての判断を示し、持分について建物買取請求権は成立しないと結論づけました(最高裁令和8年8月28日第二小法廷判決・令和6年(受)第2169号)。相続で持分が分散した借地上の建物では現実に起こりうる場面です。判決文に沿って、何が決まり、実務がどう変わるのかを整理します。
1. 何が争われたのか
事案の流れは次のとおりです。
- 地主が平成2年、Aに土地の一部を建物所有目的で賃貸した(期間30年、その後さらに30年で更新)
- Aはその土地に区分所有建物を建て、専有部分を所有していた
- 平成30年にAが死亡し、子4人が専有部分の持分を各4分の1ずつ相続した
- 令和3年2月、原告が子のうち3人から持分合計4分の3を買い受けた
- 同年11月、地主が賃借権の持分譲渡を承諾しないため、原告は買取請求権を行使し、持分の時価相当額を請求した
争点は一点、建物の「持分」について建物買取請求権が成立するかです。借地借家法14条は「土地の上の建物」を取得した第三者に買取請求を認めていますが、条文は持分の場合を書き分けていません。原告は、この制度の中心が投下資本の回収にある以上、持分でも成立するはずだと主張しました。
2. 最高裁の結論と、その理由
最高裁は上告を棄却し、持分について買取請求権は成立しないと判断しました。裁判官全員一致の意見です。理由は大きく2つに整理できます。
理由① 地主が建物の共有関係に巻き込まれてしまう
建物の全部について買取請求を受けた地主は、時価を払えば建物の所有権を丸ごと取得します。そのうえで、建物を売って新たに借地権を設定することも、取り壊して土地を別の用途に使うこともできます。負担を負う代わりに、出口があるわけです。
ところが持分だけを買い取らされると、地主は他の共有者と建物を共有する立場に置かれます。判決は、地主が「自らの意思によることなく」持分の時価相当額を負担しながら、建物を自由に処分できず、他の共有者と調整しながら使用収益するにとどまる点を指摘し、全部を買い取る場合に比べて重大な不利益を被るおそれがあるとしました。
理由② 持分なら共有物分割で回収できる
もう一方の当事者である買主の側にも、別の回収手段があります。持分に投じた資金は、共有物分割請求によって回収を図ることができる。だから建物全部を譲り受けた場合に比べて、買取請求権を認める必要性は乏しい、というのが2つ目の理由です。
そして最高裁は、この結論は譲渡の対象が区分所有建物の専有部分の持分であっても変わらないと述べています。
3. 補足意見が示した2つの射程
この判決には尾島明裁判官の補足意見が付されており、実務家にとってはこちらのほうが重要かもしれません。
19条と14条で「土地の上の建物」の意味が違ってよい理由
原告は、同じ借地借家法でも19条1項(承諾に代わる許可)では「土地の上の建物」に持分を含めるのが実務の定着した解釈なのに、14条だけ含めないのは整合性を欠くと主張していました。
補足意見はこれに正面から答えます。19条は裁判所が一切の事情を考慮したうえで許可を与える制度であるのに対し、14条は地主の意思にかかわらず形成的に売買契約が成立してしまう制度である。適用場面も効果も大きく異なる以上、関係者の利害の違いに応じて同じ文言の解釈を分けることは不自然でも不合理でもない、というわけです。
地主自身が共有者である場合はどうか
「共有関係に巻き込まれる」ことが理由なら、地主自身がもともと建物の共有者で、持分を買い取れば結果的に建物全部の所有者になる場合には、買取請求を認めてよいのではないか——補足意見はこの疑問を取り上げ、その場合も成立しないと述べています。
理由は、そのような場合でも自己の意思に基づかない売買代金の負担が地主側だけに生じること、そして買取請求を認めなくても双方に全面的価格賠償を含む共有物分割という柔軟な調整手段が残っていることです。逆にいえば、第三者が建物全部を取得してしまった場面ではこの調整手段がありません。つまり法廷意見は、持分については「一般的に、どのような場合であっても」成立しないという前提に立っていると読むべきだ、という整理です。
4. 実務にどう影響するか
持分を買う側は、出口が一つ消えた
借地上の建物の持分を取得する際、これまでは「最悪でも地主に買い取らせればよい」という想定が成り立つ余地がありました。本判決でその前提は使えません。取得前に地主の承諾が得られるかを確認することが、従来以上に重要になります。
地主側は、拒める立場が明確になった
持分を買い取った第三者から突然「時価で買い取れ」と請求されても、地主は応じる必要がありません。承諾するかどうかを、自らの判断で決められます。
相続で持分が分散した借地上の建物は要注意
本件がまさにその形でした。借地上の建物を相続人が共有し、そのうち一部だけが第三者に売られる。この構図は決して珍しくありません。相続の場面で借地上の建物が共有になったら、早い段階で持分を一本化しておくことが、後の紛争を防ぎます。
5. 持分を取得してしまった場合に残る手段
- 19条の許可を求める 地主が承諾しないなら、裁判所に承諾に代わる許可を申し立てます。持分の譲渡についてもこの制度は使えるとされています。
- 共有物分割を請求する 最高裁が回収手段として名指しした方法です。全面的価格賠償によって、持分の対価を得る形での解決があり得ます。詳しくは共有物分割請求の解説もご覧ください。
- 他の共有持分もまとめて取得する 建物全部の所有権を得られれば、買取請求権の行使が可能になります。ただし補足意見が指摘するとおり、その場合は共有物分割という調整手段のほうが失われます。
まとめ
最高裁は、借地上の建物の持分について建物買取請求権は成立しないと初めて明示しました。理由は、地主が望まない共有関係に巻き込まれる不利益と、持分なら共有物分割で回収できることの2点です。補足意見まで読むと、地主が共有者である場合を含めて一律に成立しないという射程まで示されています。
借地上の建物が共有になっている、持分の売買を検討している、あるいは持分を買った第三者から請求を受けている。いずれの立場でも、取りうる手段と順序は事案によって変わります。当事務所では借地権や共有不動産をめぐる紛争を数多く扱っていますので、判断に迷う段階でご相談ください。
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