離婚後に取り決めた養育費が支払われなくなるケースは少なくありません。厚生労働省の調査では、養育費を「現在も受けている」母子世帯は約28%にとどまります。しかし、養育費の回収は、ほかの債権よりも法律上かなり有利に扱われています。給与から差し押さえられる割合が2倍あり、一度の手続きで将来分もまとめて押さえられ、相手の勤務先を裁判所経由で調べることもできます。本コラムでは、未払い養育費を強制執行で回収する手順を、2026年4月施行の民法改正も踏まえて解説します。
養育費の強制執行が有利な3つの理由
① 給与の2分の1まで差し押さえられる
通常の借金であれば、給与から差し押さえられるのは手取りの4分の1までです。しかし養育費の場合は2分の1まで差し押さえられます(民事執行法152条3項)。同じ滞納額でも、回収にかかる期間が半分で済むということです。
② 将来分もまとめて押さえられる
通常、強制執行はすでに支払期限が到来した分にしかできません。毎月不払いが続くたびに申立てをやり直すのでは負担が大きすぎます。そこで養育費には特則があり、一部でも不払いがあれば、まだ期限の来ていない将来分についても一度の申立てで差押えができます(民事執行法151条の2)。以後は毎月、相手の勤務先から直接支払いを受けられます。
③ 勤務先を裁判所経由で調べられる
第三者からの情報取得手続のうち、勤務先(給与債権)の情報を取得できるのは、養育費などの債権者と、生命・身体の侵害による損害賠償の債権者に限られています(民事執行法206条)。一般の貸金や売掛金では使えない手続きです。市町村や年金機構への照会により、相手の勤め先を特定できます。
2026年4月施行の民法改正で変わったこと
法定養育費制度の創設
離婚時に養育費の取り決めをしていなかった場合でも、取り決めがされるまでの間、子どもと生活する親は、もう一方の親に対して一定額(子ども1人あたり月額2万円)を「法定養育費」として請求できるようになりました。取り決めのないまま離婚したケースでも、最低限の養育費を確保する道ができたということです。
養育費債権への先取特権
養育費(婚姻費用・法定養育費を含む)に「一般の先取特権」が認められました。これにより、調停調書や公正証書といった債務名義がなくても、養育費の金額を取り決めた書面があれば差押えを申し立てられます。また先取特権により、養育費は他の債権に優先して回収できます。優先的に扱われる金額は、子ども1人あたり月額8万円が上限です。
ハードルは下がりましたが、金額がわかる書面は依然として必要です。離婚時に取り決めを書面化しておくことの重要性は変わりません。
強制執行に必要な「債務名義」
強制執行を行うには、養育費の支払義務を証明する公的な文書(債務名義)が必要です。
- 調停調書(家庭裁判所での調停で決まった場合)
- 審判書(裁判所が審判で決定した場合)
- 確定判決
- 強制執行認諾文言付き公正証書
注意すべきは、当事者間で作成しただけの離婚協議書や覚書では、そのままでは強制執行できないという点です。公正証書にする場合も、「強制執行認諾文言」——支払わなければただちに強制執行を受けても異議がない旨の一文——が入っていなければ意味がありません。手元の書面を一度確認してください。
債務名義がない場合は、家庭裁判所に養育費請求の調停を申し立てて取得することになります。調停が成立すれば調停調書が、成立しなければ審判に移行して審判書が債務名義になります。
2026年4月から始まった法定養育費の制度を使えば、取り決めがなくても請求できる場合があります。詳しくは法定養育費のご案内をご覧ください。

手続きの流れ
- 事前準備:相手の現住所と、差し押さえる財産を特定します。給与差押えなら勤務先の名称と所在地、預貯金差押えなら金融機関名と支店名が必要です。
- 申立て:相手の住所地を管轄する地方裁判所に、債務名義の正本・送達証明書・執行文などを添えて申立書を提出します。
- 差押命令の発令・送達:裁判所が認めると、相手方と第三債務者(勤務先や金融機関)に差押命令が送達されます。
- 取立て:相手方への送達から1週間が経過すると、第三債務者から直接支払いを受けられます。
申立ての手数料は数千円程度で、大きな負担にはなりません。実務上のハードルは費用ではなく、相手の住所と財産を特定できるかにあります。
相手の住所や勤務先がわからないとき
- 住所の調査:弁護士であれば職務上請求により、戸籍の附票や住民票から現住所をたどれます。相手が転居を繰り返していても追跡は可能です。
- 財産開示手続:相手を裁判所に呼び出し、財産状況を陳述させます。2020年の改正で、出頭しない・虚偽を述べた場合は6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金という刑事罰の対象になりました。
- 第三者からの情報取得手続:勤務先(市町村・年金機構等)、預貯金(金融機関)、不動産(登記所)を裁判所経由で照会できます。前述のとおり、勤務先の照会が使えるのは養育費などの債権者だけです。
強制執行の前に使える手段
いきなり差押えに進むのが最善とは限りません。相手が転職してしまえば給与差押えは空振りになりますし、関係が決定的に悪化すれば任意の支払いも止まります。次の手段を先に検討する余地があります。
- 履行勧告:家庭裁判所が相手に支払いを促す制度です。費用はかからず、申出だけで利用できます。強制力はありませんが、裁判所からの連絡で支払いが再開することもあります。
- 間接強制:支払わない場合に一定額の制裁金を上乗せする決定を裁判所に出してもらう手続きです。差し押さえる財産が見つからない場合に、心理的な圧力をかける手段になります。
よくある質問
何年前の未払い分まで請求できますか。
調停調書や審判書、確定判決で決まった養育費は、確定から10年で時効にかかります。当事者の合意(公正証書など)による場合は5年です。いずれにしても、古い分から順に消えていきます。未払いに気づいた時点で動くほど回収できる額は大きくなります。
相手が自営業で給与がありません。
給与差押えは使えませんが、預貯金口座や、取引先に対する売掛金を差し押さえる方法があります。預貯金は第三者からの情報取得手続で調べられます。財産が見つからない場合は、間接強制で支払いを促すことを検討します。
相手が再婚して子どもができました。減額されますか。
扶養すべき人数が増えたことは、養育費の減額を求める事情になり得ます。ただし自動的に減るわけではなく、相手が家庭裁判所に減額調停を申し立て、認められて初めて変更されます。それまでの間は、取り決めどおりの額を請求できます。
差押えをすると、相手が仕事を辞めてしまいませんか。
実際に起こり得ることです。だからこそ、いきなり差押えに進むか、履行勧告から始めるかの判断が重要になります。相手の勤務状況や資産、これまでの対応をふまえて方針を決めるべき場面です。
まとめ
養育費の未払いは泣き寝入りする必要がありません。給与の2分の1まで、将来分もまとめて差し押さえられ、勤務先の照会という他の債権では使えない手段も用意されています。2026年4月の改正で法定養育費と先取特権が加わり、回収のハードルはさらに下がりました。
出発点になるのは債務名義があるかどうかです。公正証書に強制執行認諾文言が入っているか、手元の書面を確認してください。なければ調停から始めることになりますが、その分だけ時間がかかります。未払いが続いている方は、お早めにご相談ください。
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