裁判で勝った、あるいは支払督促が確定したのに、相手が払わない。ここから先の手段が強制執行です。ただ、強制執行は「申し立てれば裁判所が回収してくれる」手続きではありません。何を差し押さえるかは債権者が選び、相手の財産を特定するのも債権者の役割です。選び方を誤ると、費用だけかかって1円も回収できないこともあります。本記事では、強制執行で回収できるかを判断するための3つの軸(債務名義・相手の財産・費用対効果)と、相手のタイプ別の差押え先の選び方を解説します。

判断軸① 強制執行に使える「債務名義」があるか

強制執行をするには、債権の存在と金額を公に証明する「債務名義」が必要です(民事執行法22条)。主なものは次のとおりです。

借用書や契約書、示談書は、それだけでは債務名義になりません。まだ債務名義がない場合は、訴訟や支払督促で取得するところから始まります。債務名義に加えて、多くの場合は執行文の付与と、相手に債務名義が送達されたことの証明(送達証明書)が必要です。

判断軸② 差し押さえる財産が特定できるか

強制執行の成否は、ほぼここで決まります。裁判所は相手の財産を探してくれないため、「どの銀行のどの支店の預金か」「どこの会社から出る給料か」を債権者が特定して申し立てる必要があります。

財産が分からない場合は、次の2つの手続きで調べます。

  • 第三者からの情報取得手続:銀行から預金の有無・支店・残高、登記所から不動産、市区町村や年金機構から勤務先(勤務先の情報は養育費や人身損害の債権に限る)の情報を出してもらう(同法204条以下。「情報取得手続」参照)
  • 財産開示手続:相手本人を裁判所に呼び出し、財産を陳述させる。正当な理由のない不出頭や虚偽の陳述には刑事罰がある(同法197条以下。「財産開示手続とは」参照)

相手のタイプ別・差押え先の選び方

同じ強制執行でも、相手が誰かによって狙うべき財産が変わります。

  • 会社員・公務員:第一候補は給料。手取りの4分の1(手取り44万円超の部分は全額)を、完済まで毎月差し押さえ続けられます(「給料の差し押さえ」参照)
  • 自営業者・フリーランス:取引先に対する売掛金と、事業用の預金口座。取引先は請求書やウェブサイトの実績欄から特定できることがあります
  • 会社(法人):預金口座と売掛金が中心。事業を続けている会社なら、売掛金の差押えは取引先との関係に影響するため、強い圧力にもなります
  • 不動産を持っている相手:不動産の強制競売。ただし住宅ローンの抵当権が付いていて残債が多い場合は、競売しても配当が回ってこないことがあります
  • 無職・年金生活者:預金が中心。年金そのものは差押えが禁止されていますが、振り込まれた後の預金は差押えの対象になり得ます。自宅の家財を対象にする動産執行は、現金化できる物が少なく、回収は限定的です(「動産執行の実際」参照)
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判断軸③ 費用に見合う回収が見込めるか

強制執行の費用は、差押え先によって大きく違います。裁判所に納める実費の目安は次のとおりです(弁護士に依頼する場合の費用は別途)。

  • 預金・給料・売掛金の差押え(債権執行):申立手数料4,000円(債権者・債務者各1名、請求債権1個の場合)と郵便切手代など。比較的低額です
  • 動産執行:執行官への予納金として数万円程度
  • 不動産の強制競売:予納金として数十万円から、請求額によっては100万円を超えることもあります

請求額が数十万円で、相手の財産が不動産しか見当たらない場合、競売の予納金のほうが重くなることもあります。一方、預金の差押えは空振り(残高ゼロ)でも損失は小さく、何度でも申し立てられます。まず費用の軽い債権執行から試し、情報取得手続で財産が見つかれば本命を狙う、という順序が基本です。債務名義による債権の時効は確定から10年あるため、今すぐ財産がなくても、相手の就職や相続を待って後から執行することもできます。

強制執行を申し立てる前に確認すること

  • 債務名義の正本、執行文、送達証明書がそろっているか
  • 相手の現住所・氏名(会社なら商号・本店所在地)が債務名義と一致しているか。転居や商号変更があれば住民票や登記事項証明書でつながりを示す
  • 相手が破産手続を申し立てていないか。破産手続が始まると個別の強制執行はできなくなります
  • 差押えを予告すると財産を移されるおそれがあるため、事前の通告はしない

よくある質問

Q. 強制執行にかかった費用は相手に請求できますか?

申立手数料や郵便切手代などの執行費用は相手(債務者)の負担とされ、差押えで回収する際に請求額に加えて取り立てることができます(民事執行法42条)。ただし弁護士費用は含まれません。

Q. 預金の差押えが空振りしたら、もう一度申し立てられますか?

何度でも申し立てられます。給料日の直後や、売上の入金が集中する月末など、残高が増えるタイミングを狙って再度申し立てるのが実務的な工夫です。

Q. 相手が自己破産したらどうなりますか?

破産手続が始まると、個別の強制執行はできなくなり、進行中の差押えも効力を失います。免責が許可されると原則として請求できなくなるため、相手の経済状態が悪化している兆候があれば、早めに差押えに動くことが重要です。

Q. 判決から何年たっても強制執行できますか?

判決などで確定した債権の時効は10年です(民法169条1項)。10年が近づいても回収できていない場合は、再度の訴訟や差押えの申立てで時効の完成を止めることができます。相手の財産が今はなくても、あきらめずに期限を管理しておくことが大切です。

まとめ

強制執行で回収できるかは、①債務名義があるか、②差し押さえる財産を特定できるか、③費用に見合う回収が見込めるか、の3つで判断します。相手が会社員なら給料、自営業者や会社なら売掛金と預金、というように相手のタイプで狙うべき財産は変わります。財産が分からなければ情報取得手続と財産開示を使い、費用の軽い債権執行から順に試すのが基本です。債務名義があっても、財産の特定と申立ての順序を誤ると回収にはつながりません。

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