専門業務型裁量労働制を導入するには、労使協定を結ぶ必要があります。その相手方が「労働者の過半数を代表する者」です。多くの企業では、この過半数代表者の選び方を細かく詰めないまま運用しているのではないでしょうか。高松高裁は2026年7月7日、大学の裁量労働制をめぐる事案で、過半数代表者の選出手続に不備があったとして労使協定を無効と判断しました(高松高裁令和8年7月7日判決)。協定が無効になれば裁量労働制の適用も崩れ、実労働時間で計算した残業代の支払義務が浮上します。何が問題とされたのかを整理します。
1. 事案の概要
大学を運営する学校法人が、教員に専門業務型裁量労働制を導入していました。教員側は、導入のための就業規則の変更が無効であることを前提に、時間外労働に対する未払賃金と付加金の支払を求めて提訴しました。第一審の松山地裁は令和5年12月20日、複数年度の労使協定をいずれも無効と判断し、高松高裁もその結論を維持しています(控訴・附帯控訴とも棄却)。
2. 高裁が示した判断のポイント
①協定の種類によって、求められる民主性の水準が違う
高裁はまず、過半数代表者が締結する労使協定には三六協定をはじめさまざまなものがあり、その内容に応じて選出手続に要求される民主性の程度も変わるという考え方を示しました。
そのうえで、専門業務型裁量労働制の労使協定は、労働者一人ひとりの働き方に直接影響し、個別的な意思を反映させる必要性が高い。だから、その協定を締結する過半数代表者の選出手続には高い民主性が要求されると判断しています。三六協定と同じ感覚で選んでいれば足りる、とは考えなかったわけです。
②「投票しなかった=信任した」とは扱えない
本件の選出規程には、最低投票率の定めがなく、また不投票を信任票とみなす定めもありませんでした。高裁は、そうである以上、投票しなかったという行動を信任の意思に基づくものと評価することはできないとして、当該年度の選出手続を、裁量労働制の労使協定を締結する代表者の選出手続としては不適法・無効と判断しました。
信任投票の形式をとりつつ、投票率が低くても「反対がないので信任された」と処理する運用は珍しくありません。本判決の考え方では、その処理が通らない場面があることになります。
③選挙管理委員会が適正に設置されていなければ無効
別の年度については、選挙管理委員会が適正に設置されていなかったことを理由に選出手続が無効とされました。手続の中身だけでなく、それを運営する体制まで見られています。
④労使協定だけでなく、就業規則の規定も必要
高裁は、専門業務型裁量労働制を実施するためには労使協定を結ぶだけでは足りず、就業規則に適切な規定を設ける必要があるとも判示しました。協定は締結したが就業規則の整備が追いついていない、という状態はリスクになります。
⑤会社側が選挙に関与すれば不法行為になりうる
常務理事が過半数代表者の選出選挙に関する選挙活動に不当に関与した行為について、高裁は不法行為に当たると判断しています(ただし法人との共同不法行為は否定)。「使用者の意向に基づき選出された者でないこと」という要件は、単なる形式論ではないということです。
3. なぜ会社にとって重大なのか
専門業務型裁量労働制が有効に適用されていれば、実際に何時間働いても協定で定めたみなし時間だけ働いたものとして扱われます(労働基準法38条の3)。ところが労使協定が無効になると、この効果が失われます。
- 賃金は実労働時間で計算し直すことになる
- 対象者が複数年にわたる場合、未払額は一人分では済まない
- 裁判所の裁量により付加金(未払額と同額まで)が加算されうる
- 賃金請求権の消滅時効は当分の間3年とされており、遡る範囲も小さくない
つまり、代表者の選び方という手続の一点が、金額の大きい未払賃金請求に直結します。
4. いま自社で確認すべきこと
- 選出規程はあるか 規程そのものがない、あるいは最低投票率や不投票の扱いを定めていないなら、まずそこが穴になります。
- 過半数の支持が記録から確認できるか 投票総数、賛成数、選挙権者数を記録に残していますか。「異議がなかった」だけでは足りません。
- 選挙の運営体制は独立しているか 選挙管理委員会が規程どおりに設置され、機能しているかを確認します。
- 会社が関与していないか 候補者の指名や推薦、投票の呼びかけを会社側が行っていないかを点検します。
- 就業規則に規定があるか 労使協定と就業規則の内容が一致しているかも併せて確認してください。
なお過半数代表者は、裁量労働制だけでなく三六協定でも必要です。三六協定が無効になれば時間外労働そのものが違法となるため、選出手続の点検は裁量労働制を導入していない企業にとっても他人事ではありません。
まとめ
本判決は、専門業務型裁量労働制の労使協定について、過半数代表者の選出手続に高い民主性を求め、最低投票率の定めがないまま不投票を信任と扱う運用や、選挙管理委員会の不備を理由に協定を無効としました。制度の内容が適切でも、代表者の選び方でつまずけば残業代リスクが現実化します。
裁量労働制やフレックスタイム制、三六協定の運用に不安がある企業は、労使協定と選出手続の記録を一度点検されることをおすすめします。当事務所では顧問先企業の労務体制の整備から、実際に請求を受けた場合の対応まで対応しています。判断に迷う段階でご相談ください。
※本記事は高松高裁令和8年7月7日判決(松山大学事件)の判示事項に基づき、当事務所が独自に解説したものです。
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