懲戒解雇が無効だという判決が確定した。会社は職員に「では出勤してください」と伝えた。しかし職員は戻ってこない。この間の賃金を、会社は払わなければならないのでしょうか。札幌高裁は2026年5月7日、会社が労務提供を命じただけでは賃金支払義務を免れないと判断し、職員が申し立てた預金債権の差押えを認めた原決定を維持しました(札幌高裁令和8年5月7日決定)。解雇をめぐる紛争で会社が最も見落としやすい論点を含んでいます。
1. 事案の概要
社会福祉法人の職員が、法人を相手に懲戒解雇の無効確認等を求め、前の裁判でその請求が認められました。その後、職員は未払賃金等を被担保債権として、法人が信用金庫に対して有する預金債権の差押命令を申し立て、原審がこれを発令します。
法人はこれを不服として執行抗告を申し立てました。法人の主張はこうです。判決で解雇が無効とされた後、法人は職員に労働義務の履行を求めていたし、履行を妨げる事情もなかった。それなのに職員が独自の見解で出勤を拒んでいたにすぎず、労務の提供がない以上、賃金を支払う義務はない——。
2. 争点は「債権者の責めに帰すべき事由」があったか
労働者が働いていないのに賃金請求ができるのは、就労できなかったことが使用者側の責任による場合です。根拠は民法536条2項で、債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行できなくなったときは、労働者は反対給付である賃金を請求できます。
本件で問われたのは、判決後の不就労がこれに当たるかどうかでした。解雇の時点で受領を拒絶していたことは明らかですが、判決が出て会社が「戻ってこい」と言った以上、その拒絶状態は解消されたのではないか。これが法人の言い分です。
3. 高裁の判断——命じただけでは解消されない
高裁は法人の抗告を棄却しました。決め手になったのは、復職に向けた双方のやり取りの中身です。
- 職員は復職の意思を明らかにしていた
- そのうえで具体的な問題点を指摘し、職場環境の改善や調整を求める前提条件を提示していた
- 法人はこれをことごとく拒否した
- 具体的な対案を示すなど、職員の提案を真摯に検討した形跡もうかがわれない
この経過を踏まえ、高裁は、法人が労務提供を命じたことだけで解雇に伴う受領拒絶の状態が直ちに解消されるわけではないと判断しました。つまり、形式的に復職を命じるだけでは足りないということです。職員が復職の障害として挙げた点に向き合い、調整を試みた実績がなければ、受領拒絶は続いていると評価されます。
4. 見落とされがちな論点——債務名義がなくても差押えができる
本件でもうひとつ実務上重要なのは、職員が差押えに用いた根拠です。職員は判決に基づく強制執行ではなく、雇用関係から生じた債権についての一般先取特権を根拠に、法人の預金債権の差押えを申し立てています。
給料その他の債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権には、一般の先取特権が認められています(民法306条2号・308条)。そして担保権の実行としての債権差押えは、債務名義がなくても、担保権の存在を証する文書を提出して申し立てることができます(民事執行法193条1項)。
会社側から見れば、判決を取られる前や、判決確定を待たずに預金を押さえられる可能性があるということです。取引金融機関の口座を差し押さえられれば、資金繰りや取引先の信用に直結します。「訴訟が終わるまでは動かない」という前提で構えていると、想定外の時点で執行を受けることになりかねません。
5. 会社側が取るべき実務対応
- 復職の申し入れは、書面で条件まで詰める 「出勤してください」の一言で終わらせず、配属先、業務内容、指揮命令系統を具体的に示します。
- 相手の指摘に必ず回答する 職場環境の改善要求を拒否するなら、なぜ応じられないのか、代わりに何ができるのかを示した記録を残してください。本件で差を分けたのはこの点です。
- やり取りを時系列で保存する 執行の場面では、双方のどちらが誠実に対応したかが文書で判断されます。
- 解雇の段階で見通しを立てる 解雇が無効となれば、判決までの期間だけでなくその後の賃金も積み上がります。争うかどうかは、この総額を見てから判断すべきです。
まとめ
解雇無効の判決を得た後も、会社が復職を形式的に命じるだけでは受領拒絶の状態は解消されず、賃金支払義務は続きうる。本決定はそう示しました。あわせて、労働者側は債務名義がなくても一般先取特権に基づいて預金を差し押さえられるという点も、会社にとっては重い意味を持ちます。
解雇をめぐる紛争は、勝ち負けだけでなく「負けたときにいくら積み上がるか」を織り込んで方針を決める必要があります。当事務所では、解雇の可否の検討段階から、訴訟後の復職対応や執行を受けた場合の対応まで扱っています。判断に迷う段階でご相談ください。
※本記事は札幌高裁令和8年5月7日決定(社会福祉法人恵山恵愛会事件)の判示事項に基づき、当事務所が独自に解説したものです。
依頼の前に、まず相談したい方へ
いきなりの正式依頼が不安な方には、
気軽にご利用いただけるサービスをご用意しています。
LINEからいつでも何度でも弁護士に相談可能。事前予約不要で気軽にご利用いただけます。
- — 解雇・残業代・退職トラブルの相談
- — 弁護士費用の見通しを確認したい
- — LINEで24時間メッセージ送信可
- — 月1,000円・いつでも解約OK
就業規則の整備・雇用契約書の作成から、トラブル発生時の優先対応まで継続的にサポートします。
- — 就業規則・雇用契約書のチェック
- — 解雇・退職トラブルの予防
- — 労使トラブル発生時は優先対応
- — 継続的な労務リスク管理
まずはお気軽にご連絡ください。どのサービスが適しているかも含めてご案内します。
【監修】

- 代表弁護士
-
年間数百件の法律相談を受け、年間100件以上の法律問題を解決しています。
「より良い解決」「迅速な解決」を大事にしており、個々の事案に適したスピーディな進行・解決を心がけています。
まずはお気軽にご相談ください。
詳細は弁護士紹介ページをご覧ください。







