外注先が動いてくれない――。発注した業務が期日を過ぎても履行されず、前払いした委託料だけが手元から消えている。企業法務のご相談では珍しくない場面です。契約を解除するには原則として「いつまでに履行してください」という催告が必要ですが(民法541条)、催告なしで解除できる場合もあります(民法542条1項)。東京地方裁判所は令和7年6月17日、新卒採用のパンフレット製作と採用コンサルティングの業務委託契約について催告なしの解除を認め、支払済みの委託料963万9474円の返還を命じました。どこが分かれ目になったのかを整理します。
1. 事案の概要|7項目の採用支援業務がほとんど動かなかった
事務の受託業務等を営むX社は、令和6年度の新卒採用に向けて、採用活動の支援・コンサルティングを業とするY社との間で、次の2本の業務委託契約を結びました。
- 契約① X社のインターンシップで使用するパンフレットの製作業務
- 契約② Y社主催の就職活動イベントへの出展、X社のインターンシップの企画設計、新卒採用活動全体に関するコンサルティングなど7項目から成る業務
ところが、いずれの業務も履行されませんでした。そこでX社は各契約を解除したうえで、不当利得返還請求権に基づき、支払済みの業務委託料合計963万9474円の返還を求めて提訴しました。
これに対しY社は、催告なしの解除の要件を満たさないと争うとともに、業務を履行できなかったのはX社側の責任だ(民法543条)とも主張しました。
2. 争点|催告なしで解除できるのはどんな場面か
民法542条1項は、催告をしても意味がないといえる場面を類型化し、催告なしの解除(無催告解除)を認めています。本件で問題になったのは次の3つです。
- 2号 債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(履行拒絶)
- 4号 特定の日時または一定の期間内に履行しなければ契約の目的を達成できない契約で、その時期を過ぎたとき(定期行為)
- 5号 債務者が履行をせず、催告をしても契約の目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかなとき
なお、賃貸借のように継続的な信頼関係が前提となる契約では、滞納があっても直ちに催告なしの解除が認められるとは限りません(地代の滞納があったらすぐ解除できる?)。契約類型ごとに結論が変わる点に注意が必要です。
3. 裁判所の判断
裁判所は、遅延損害金の起算日について一部を退けたほかは、X社の請求をほぼ全面的に認めました。
(1) 採用パンフレットの製作は「定期行為」にあたる(4号)
定期行為には、給付の性質上当然にそういえる「絶対的定期行為」と、当事者の意思表示によってそうなる「相対的定期行為」があります。後者と認められるには、単に契約書に納期が書いてあるだけでは足りず、契約の動機・目的が明らかにされ、その時期に履行されることが契約上重要であることについて当事者間で合意され、契約の内容になっていることが必要とされています。この合意は、明示的なものでなくても構いません。
本件のパンフレットは、令和4年6月11日から開催されるインターンシップで学生等に配布されるものでした。裁判所は、掲載情報が年度ごとに大きく異なり得るためインターンシップ開催前に完成していなければならず翌年以降への流用も困難であること、Y社が新卒採用パンフレットの性質やX社の動機・目的を十分に理解したうえで受託していたことを指摘し、相対的定期行為にあたると判断しました。
(2) 「催告しても無駄」といえるか(5号)
5号による解除には、債務者が履行しないことに加えて、催告しても契約の目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかだといえる具体的な事実を、発注者側が主張・立証しなければなりません。
本判決は、履行期までのY社の履行状況という「客観面」と、履行期前後の言動から認められるY社の「主観面」の両面を踏まえてこの要件を満たすと判断し、契約①・契約②のいずれについても5号該当性を認めました。
(3) 一部が履行済みでも契約全体を解除できるか
契約②の7項目のうち、一部の業務は現に履行されていました。それでも裁判所は、中核をなすインターンシップ企画設計業務およびコンサルティング業務に不履行があること、7項目の債務が一連一体のものであること、契約の目的やY社の対応を踏まえ、契約②全体について5号該当性を認めています。
(4) 発注者側に落ち度があったか(543条)
民法543条は、債務不履行が債権者(発注者)の責めに帰すべき事由によるときは解除できないと定めています。ここでいう「責めに帰すべき事由」とは、解除によって債権者を契約の拘束力から解放することを正当視できない事情をいうと解されています。Y社の主張は、比較的簡潔に排斥されました。Y社が発注者の動機・目的を理解したうえで受託していたと認定されている以上、この意味での帰責性は問題にならないと判断されたものと考えられます。
4. 見落とされがちな点|「もうやりません」と言われただけでは解除できない
本判決で見落とせないのは、裁判所が「履行拒絶」(2号)の成立は認めなかったことです。
2号に該当するには、単に履行を拒んでいるという事実では足りず、履行不能と同様に扱ってよいといえるほど確定的・明確な履行拒絶の意思表示が必要とされています。担当者が投げやりな返答をした、連絡が途絶えた、といった事情があっても、この基準を満たすとは限りません。
発注者としては「先方はもうやる気がない」と感じていても、法的には2号での解除は通りにくいのが実情です。実務上は、履行状況と相手方の言動を積み上げて5号を主軸に組み立てるほうが現実的である――本判決は、その戦略の立て方を具体的に示した点に価値があります。
5. 発注者が今日からできる4つの備え
- 契約書に「なぜその納期なのか」を書き残す 納期だけでなく「令和◯年◯月◯日開催の△△で配布するため」といった目的・用途まで明記します。年度限定の採用ツール、展示会用資材、キャンペーン用クリエイティブなど、時期を過ぎれば価値を失う成果物では特に重要です。
- 「催告しても無駄」を示す証拠を残す 催促のメールやチャット、相手方の回答(あるいは無反応であること)、打合せ日程の調整履歴を保存してください。5号の可否は、この積み重ねで決まります。
- 解除の意思表示は書面で行う 後から解除の時期と理由を争われないよう、内容証明郵便を用いるのが安全です。解除の効力発生日は、返還を求める金銭の遅延損害金の起算点にも影響します。
- 複数業務が1本の契約なら、中核業務を特定しておく 一部が履行済みでも、中核業務の不履行と債務の一連一体性によって契約全体の解除が認められる余地があります。何が中核かを契約書上で示せると有利です。
6. まとめ
本判決は、平成29年改正民法の条文に即して当事者の主張を整理したうえで、民法542条1項の各号該当性を丁寧に判断したものです。事例判断ではありますが、納期の意味づけを契約に織り込むことと、「催告しても無駄」を裏づける記録を残すことが結論を左右するという点で、業務委託トラブルへの備え方を具体的に示しています(なお本判決は、被告が控訴したものの控訴状却下により確定しています)。
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