住宅ローンの審査に落ちたとき、売買契約を白紙に戻せるのが「ローン特約(融資利用特約)」です。ところが実際の紛争は、「期限を過ぎてから否決された」「本審査に通ったあとで融資を取り消された」「買主が転職していた」など、特約の文言だけでは割り切れない場面で起きます。手付金が戻るか、違約金を払うかで数百万円単位の差が出るため、売主・買主の双方にとって結論が重大です。本記事では、ローン特約をめぐって揉めやすい場面ごとに、解除が認められるかどうかの判断基準を弁護士が解説します。
ローン特約で決まっていることを先に確認する
ローン特約をめぐる紛争の大半は、契約書に何が書かれているかで結論が決まります。まず次の4点を確認してください。
- 融資の条件:金融機関名、融資額、期間などが特定されているか。「○○銀行 3,500万円」のように書かれていれば、それ以外の条件で否決されても特約の対象外と争われることがあります
- 融資承認取得期日(解除期限):いつまでに融資の承認が得られなければ解除できるのか
- タイプ:買主の解除の意思表示が必要な「解除権留保型」か、否決と同時に当然に契約が終了する「解除条件型」か
- 解除の効果:手付金その他受領済みの金銭を無利息で返還する、と定められているか
一般的な売買契約書の多くは解除権留保型です。この場合、期限内に買主から売主へ解除の通知が届かなければ、ローン特約による解除はできなくなります。通知は相手方に到達した時点で効力を生じるため(民法97条1項)、期限当日に発送しただけでは間に合わないおそれがあります。
場面別:融資側の事情で否決・減額されたとき
① 解除期限を過ぎてから審査に落ちた
解除権留保型では、期限を過ぎた時点でローン特約による解除権は消えるのが原則です。審査が長引きそうなときは、期限前に売主と期日延長の合意を書面で交わしておく必要があります。口頭で「延ばしてもいいですよ」と言われただけでは、後で争いになります。延長の合意がないまま期限を過ぎた場合、買主に残る選択肢は、相手方が履行に着手する前であれば手付を放棄して解除する(手付解除、民法557条)か、代金を用意できずに債務不履行となり違約金を負うかのどちらかです。
② 本審査に通ったあとで融資を取り消された
本承認後でも、決済前に金融機関が融資を取りやめることがあります。期限内であれば、契約書が「融資の全部または一部について承認が得られないとき」などと定めていれば特約の対象になり得ます。ただし、取消しの原因が買主の転職、新たな借入れ、申告内容の虚偽など買主側の事情にある場合は、後述の④と同じ問題になります。
③ 希望額より減額されて承認された
3,500万円で申し込んで3,000万円しか承認されなかったケースです。契約書が「融資の全部または一部が承認されないとき」と定めていれば、減額承認も解除事由になるのが通常です。一方、「融資が否認されたとき」とだけ書かれている場合は、減額承認が含まれるかで争いになります。不足分を自己資金や親族からの援助で埋められる見込みがあったかどうかも、信義則の判断で考慮されることがあります。
場面別:買主側に事情があるとき
④ 買主の落ち度で否決された
ローン特約は、買主が誠実に融資を申し込んだのに否決された場合の救済であり、買主に自由な解約権を与えるものではありません。申込みを怠った、必要書類を出さなかった、契約で定めた金額より多い額で申し込んだ、他の借入れを隠していたといった事情があれば、特約による解除は信義則上認められないと判断されやすくなります。故意に融資を不成立にさせたときは、条件が成就したものとみなされ得ます(民法130条1項)。その場合は通常の解除として扱われ、手付の放棄や違約金の問題になります。
⑤ 買主が「やっぱり買いたくない」だけの場合
他の物件が見つかった、気が変わったといった理由でローンを申し込まない、あるいは申込みを取り下げるのは、ローン特約の問題ではありません。手付解除の期限内であれば手付放棄による解除、期限後であれば違約金(売買代金の10〜20%程度と定めることが多い。売主が宅建業者の場合は宅地建物取引業法38条により20%が上限)の支払いが問題になります。
売主が「その解除は認められない」と反論するときのポイント
買主からローン特約による解除を通知された売主は、手付金を返す前に次の点を確認してください。
- 通知が期限内に届いたか(書面・メールの到達日時)
- 申込みの実態:どの金融機関に、いつ、いくらで申し込み、いつ否決されたか。仲介業者を通じて否決の通知書の写しの提示を求めるのが通常です
- 契約で定めた条件どおりの申込みか:金額や金融機関が契約と違えば、特約の対象外と主張できる可能性があります
- 否決の原因:買主の転職、他の借入れ、書類不提出などがないか
これらに問題があれば、ローン特約による解除ではなく、買主の債務不履行として違約金を請求できる余地があります。反対に、条件どおり誠実に申し込んで否決された買主は、特約に従って手付金の全額返還を求めることができます。売主が返還に応じない場合は、内容証明郵便で請求し、それでも応じなければ訴訟を検討します。
仲介手数料はどうなるか
ローン特約による解除で契約が白紙に戻った場合、国土交通省の標準媒介契約約款に沿った媒介契約であれば、仲介業者は報酬を受け取れず、受領済みの報酬は返還するのが原則です。一方、手付解除や違約金による解除の場合は契約がいったん成立しているため、仲介手数料の支払い義務が残るのが一般的です。どの解除にあたるかで手数料の扱いも変わるため、解除の理由を曖昧にしたまま合意書を交わさないよう注意が必要です。
契約前に入れておきたい条項
ローン特約の紛争は、契約書の書き方でかなりの部分を防げます。買主側・売主側のどちらの立場でも、署名前に次の点を詰めておくことをおすすめします。
- 申込先の金融機関を複数書くか、「同等の条件の他の金融機関」を含めるかを明確にする(1行だけの記載では、他行に申し込む義務があるのかで争いになります)
- 減額承認のときに解除できるかを明記する
- 期限は審査に要する期間から逆算し、延長の手続(書面での合意)も条項に入れておく
- 買主が否決の通知書の写しを提出する義務を定め、売主が申込みの実態を確認できるようにする
まとめ
ローン特約で解除できるかどうかは、①契約書が定める融資条件と期限、②期限内に解除通知が届いたか、③買主が誠実に申し込んだか、の3点でほぼ決まります。期限切れが見えてきたら延長の合意を書面で残す、否決されたら通知書を確保してすぐに解除を通知するのが買主側の鉄則です。売主側は、申込みの実態を確認しないまま手付金を返還すると、違約金を請求できたはずの事案で権利を失うことになります。
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